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生まれたときから帝王で、見渡す限りは自分の領地。
「この大陸にはいろんな人、物、土地、思想、宗教があるが、それらは全て、残らずお前の物なのだ」
父からずっとそう言われ続けてきた。
第九十九代レオポルドゥス帝国皇帝。それが、少女に与えられた肩書き。
失業者で溢れた、鬱屈とした酒場。
グイードはまだ成人せぬ少年でありながら、毎日そこへ入り浸っていた。
彼もまた失業者であるからだ。この歳ですでに生きる理由を失っていた。
数年前までは将来を有望視された警吏士官候補生であったのだが、些細なことから宰相の機嫌を損ね、道は閉ざされた。
その日も彼はそこへ来た。活気のない酒場で、何を注文するでもなく俯いていた。
「ねえ、君」
突然、声をかけられた。声の主は少女である。グイードよりは一つか二つ年上に見えるが、酒場に来るような人間には見えない。貴族のような小奇麗な服装をしているからだ。
だが、両腰には武器を提げている。左の腰に剣、右の腰には柄のついたトゲ鉄球、いわゆるモルゲンシュテルンというやつである。
理解し難い格好である。しかもこの少女の言動は、グイードの頭をより悩ませた。
「今日は僕の誕生日なんだけど、誰も祝おうとしないんだ。だから、君からもみんなに言って欲しいんだけど」
そう言う彼女の言葉は全く要領を得ない。グイードは疑問符を浮かべた。
「何だ……そんなこと、自分ひとりでやれ」
「ふーん君も冷たいね……あ、じゃあ」
少女は右腰の武器に結び付けられていた巾着袋を外すと、テーブルの上に置いた。
グイードは何を出すのかと思ったが、彼女が取り出したのは意外にも金貨であった。
「これでどうかな?」
そう言って金貨を差し出したが、それを見てグイードは驚愕した。旧帝国時代の純金の金貨。三枚あればこの酒場をまるごと買えるだけの価値があるものだ。
それを少女は、バラ柄の大きな巾着袋いっぱいに詰め込んでいる。
「おい……あんた……」
「これ? これは父上がね、僕のためにって家中の金を集めてくれたんだ」
「本当にくれるのか? 本気か?」
信じがたい話に、グイードは慎重になった。
「本当だよ。足りない?」
「足りないもなにも……それだけあれば国が買えるぞ……分かってるのか?」
「欲しいなら、全部あげてもいいけどさ」
少女からは悪意を読み取れなかった。
と、そこへ二人の男が寄ってきた。見るからに柄の悪そうな男たち。少女の金貨に目をつけたのだろう。声をかけてきた。
「なあ姉ちゃん、ちょっと話をしようぜ」
穏やかな言葉とは裏腹に、男はナイフをちらつかせている。
少女も状況を把握していたようだが、グイードはそれをチャンスだと思った。
「おいあんたら、こいつは俺の連れだ。話なら俺が聞いてやる」
グイードは言った。金持ちそうな少女に恩を売り、小銭でも貰おうと思ったのだ。だが。
「僕の身を案じてくれてるの?」
「? ああ、そ……そうだけど」
「そう、偉いね。でもいいよ、ケンカなら自分でやるからさ」
少女はそう言って、右腰のモルゲンシュテルンを手に取った。
……それから数分後。酒場は壊滅状態となった。
少女と酒場の客たちの大喧嘩。だが最後に立っていたのは、年端も行かぬ少女の方。
信じがたい光景を目の当たりにしたグイードは、思わず少女に聞いた。
「あんた……何者だ……?」
「帝王」
少女は即答した。
「第九十九代レオポルドゥス帝国皇帝、ソフィア=レオパルド。今日の誕生日を持って皇帝に即位した。ねえ君、君は礼節をわきまえてるね。僕に仕えてみないか?」
そう言って、グイードに手を差し伸べた。
少女……ソフィアの言うことをグイードは理解出来なかった。皇帝がこんなところにいるとは思えないが、詐欺とも思えない。
帝国は、六年も前に崩壊している。
現在この小国は宰相が独裁的に政治を行っている。帝国崩壊時に独立を宣言したのだが、その後は宰相が権力を独占しただけであり国民の生活はむしろ苦しくなった。
「……どこに向かっているんだ?」
酒場を出た二人は、石畳の大通りを歩いていた。広い通りだが、閑散としている。
「何処って事も無いけど。市中見物」
ソフィアはそう言った。グイードは彼女を放っておこうとも思ったが、一度は警吏を目指した身。治安の悪いこの国を少女一人で歩かせるのは気が引けた。それに……
「遅いよグイード、速く」
彼女のほうから彼を急かす。
「俺はあんたのお供かい?」
「そうだよ。王様には従者が必要でしょ?」
王にはとても見えない少女の従者。
と、グイードは人影に気づいた。通りの先から、集団が歩いてくる。
「! 警吏隊じゃないか……おいあんた」
「あんたじゃなくって『皇帝陛下』。まあ『ソフィア』でもいいけど」
「じゃあソフィア、道を開けろ。警吏隊だ」
そう言ってグイードはソフィアの袖を引っ張るが
「何言ってるの。道を開けるのはあっち」
ソフィアはそう言って構わず進む。どちらも道を譲らなかったため、通りの真ん中で向かい合うこととなった。
グイードは焦った。警吏隊は宰相の悪政の象徴のようなもので、職権の乱用が甚だしい。
「おい! 捕まっちまうぞ」
「僕は何もやましいことはしてないぞ」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
警吏隊を指揮しているのは特権階級の重臣である。裁判無しでも死刑を宣告できる。
それに、グイードは警吏たちと顔をあわせたくなかった。警吏士官候補生時代の知り合いが大勢いるからだ。
彼らは今、宰相に仕え国中を威張り散らして歩いている。それに対し、酒場で腐っているだけの自分は惨め過ぎるように思えた。
「……」
隊長の男がソフィアを睨んでいる。
「……邪魔だ、小娘」
「小娘じゃない。『皇帝』だ」
隊長は今にもサーベルを抜きそうな雰囲気である。まずい、と思いグイードは両者の間に割り込んだ。
「グイード?」
隊長に顔を見られた。
「グイードじゃないか。何やってるんだこんなところで」
「……」
グイードは返答しない。早くこの場から離れたかった。
「隊長。グイードは無職ですよ。やることなくブラブラしてるだけでしょう」
「そうか、そうだったな。とっくに解雇されて今は失業者なんだよな」
隊長がそう言うと、警吏たちが笑った。グイードはそれを無視してソフィアの手を取り引っ張った。
「行こうソフィア」
しかしソフィアは動こうとしない。それどころか、警吏たちに向けて
「おい」
と、威圧的な言葉をかけた。
「僕の臣下を嘲笑するな。『愚民ども』」
その言葉に、警吏たちは笑うのを止めた。
「……俺に言ったのか?」
隊長はそう言いながらサーベルを抜き、切っ先をソフィアに向けた。
「そうだ。『愚民』。君に言ったんだ」
ソフィアは慌てることも無く、左腰の剣を鞘に収めたまま手にした。
「そうか……いい度胸だ!」
叫びながら隊長はサーベルを振り下ろした。
ソフィアはそれを軽く剣でいなした。鞘を滑ったサーベルは地面に落ち、体勢を崩した警吏隊長の顔面は思い切り殴りつけられた。
「!」
警吏隊長は倒れ、そのまま気絶した。それを見て、他の警吏たちもサーベルを抜いた。
ソフィアはグイードに剣を投げ渡した。
「持ってて。家宝を無駄に汚したく無い」
代わりに右腰のモルゲンシュテルンを手にし、警吏隊と戦い始めた。
グイードはそこで再び、彼女の異様な強さを見ることになった。
襲い掛かる警吏のサーベルを軽く折ると、すぐに相手を打ちのめす。八人いた警吏隊はすぐに無力となった。倒れた敵の中心に立っているその姿は、まさに帝王。
「これでよし」。
グイード胸のすく思いであったが、倒れた警吏たちを見てすぐに不安になった。
「……やばいぞこれ……宰相に逆らって」
「『宰相に逆らった』? 違うよ、『宰相が僕に逆らった』んだよ。ねえグイード、この警吏たちの本部は何処?」
「それなら……ずっと先の屋敷だ。警吏の指揮権は一人の重臣に持たされているから」
「重臣? なんて人?」
「名前? モーリッツ、だけど……」
「モーリッツか。よし! じゃあ行こうか」
「え?」
「身の程を思い知らせてあげるのさ」
――― つづく
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