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フィナリスローゼ
第2話

十七尉(text)   夏波幸世(Illust)


 グイードにまだ将来の道が開けていた頃。彼は城内の警吏隊入隊式に出席した。

「グイード、何を言っている? 宰相の御前であるぞ」

 平民が最高権力者である宰相に会える機会は限られている。グイードは式から抜け出て、宰相へ直訴をした。

「宰相殿! 今、民は飢えている。市中をご覧になられたことはあるか? 女子供は昼も出歩けなくなり、国は荒廃の一途を辿っています!」

「グイード! 口を慎め!」

 宰相の横にいる初老の重臣が叫んだ。警吏隊指揮のモーリッツである。グイードの恩師でもあった。

「宰相殿! その地位を降りろとは言わない。でもせめて、せめて帝国崩壊以前の政体に戻してくれないか!」
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「グイード!」

 モーリッツはグイードに駆け寄った。これ以上喋れば、グイードは死罪にされてしまってもおかしくない。

 グイードだって、願いを聞き入れてもらえる可能性は限りなく低いことはわかっている。

 しかし生活のために警吏隊や軍に入る人間たちと違い、彼は単純な正義感で警吏になろうとしていた。

「グイードやめろ! もう下がれ!」

 モーリッツには分かっていた。宰相の腰巾着に成り下がってしまった自分の代わりに、彼に国を立て直して欲しかった。

「お前はもう帰れグイード! 警吏は諦めて……家で頭を冷やして来い」

 そう言わざるを得なかった。宰相は、退屈そうにあくびをしている



 ソフィアは直接屋敷に向かうのだとグイードは思っていたが、意外にも一旦酒場に戻った。

 ボロボロの店内であるが、行き場の無い失業者達は相変わらずそこに集まっている。

 ソフィアは勢いよく扉を開いた。客達が一斉に振り返る。

「暇な人はいる?」

 突然ソフィアはそう言った。

 客達はソフィアの強さを知っている為強くは言えないが、内心は腹が立っていた。

 暇でないやつなどいない。堪りかねて、男の一人がソフィアに言った。

「馬鹿にしてんのかよ、暇じゃないはずないだろ……だからなんだ。仕事でもくれるってのか!」

「ああそうだ」

 ソフィアはポケットからコインを取り出し、男の前に放り投げた。

「前賃はそれでいいかな?」

「!」

 それを拾い上げた男は驚愕した。

 金貨である。現在では使用されていない旧帝国時代の通貨であるが、それでも純度の高い金、かなり高価なものである。

「どう?」

「あ、ああ……やる! やらせてくれ!」

 それを聞いて、ソフィアは不敵な笑みを浮かべた。支配欲が満たされていた。



 食うや食わずの生活をしている民からは、とても想像できない大屋敷。

 酒場の客たちを引き連れて、ソフィアは屋敷前までやってきた。

 さすがの男たちも、宰相直属の重臣の邸宅前まで来ると萎縮した。

「なあ姉ちゃん、本当にやるのかよ……」

「やるよ」

 ソフィアは屋敷の門の前まで歩いていくと、

「ねえ、門を開けてくれないかな」

 門番の警吏に対しそう言った。警吏は後ろの男たちの集団が気になっていたが、開けるわけには行かない。

「ここは……立ち入り禁止だ。警吏隊の本部だぞ?」

 開けてもらえるはずがない。グイードはソフィアを止めようと思い、彼女に近寄った。しかし門番と目が合ったとき、しまった、と思った。また知り合いである。

「グイード……?」

 門番は気づいたようである。グイードの顔を覗き込んできた。

「やっぱりグイードか! 久しぶりに見たな」

警吏は続ける。

「へたれて犬みたいな生活してるって聞いてたけど、今は売春婦と徘徊かい? 惨めだねえ」

 警吏のからかいをグイードは体を震わせて聞いていた。自分のコンプレックスは諦めきれるが、ソフィアに聞かれるのが悔しい。

「ソフィア、やっぱり戻ろう。無理だ、この門はくぐれない」

「そうかな」

 ソフィアはモルゲンシュテルンを手にすると、いきなり門を殴りつけた。

「! ちょっとあんた!」

 門は簡単に破壊された。短時間の出来事に、門番は呆然としている。

「行くよグイード、僕の命令を優先しろ」

 そう言って屋敷に入っていくソフィアを、グイードは慌てて追いかけた。



 屋敷の二階奥の部屋、モーリッツは異変に気づいた。

「何か……騒がしいな」

 部屋の外で常駐の警吏たちがなにやら慌てている。

「侵入者……です」

「侵入者? 珍しいな……」



 屋敷の庭、ソフィアの前に警吏隊の集団が立ちふさがった。

「邪魔だな」

 ソフィアは後ろを向いた。門の手前で酒場の男たちが止まっている。

 男たちは敷地内に足を踏み入れることを躊躇っていた。侵入は国家への反逆、咎められれば死罪である。

 それを覚ったソフィアはポケットから金貨を十数枚取り出し、庭にばら撒いた。

「労働の対価。欲しいなら取りに来てほしい」

 その大金に目を奪われたのは失業者たちだけではない。ソフィアと対峙していた警吏たちの何人かは、侵入者そっちのけで金貨を拾い始めた。

 それを見て男達は、ようやく門の中に足を踏み入れた。ソフィアは満足そうに警吏たちに向きなおすと、手近の警吏を剣で小突いた。

「……! 貴様!」

 警吏たちがソフィアに襲い掛かったが、それらは酒場の男たちによって止められた。

 屋敷の庭で、すぐに殴り合いが始まった。

 その中を、ソフィアは悠然と進み行った。



 屋敷内にも、警吏たちは残っていた。

 酒場の男たちもなんとか戦っているが、それでも間に合わない。

「グイード、あなた剣術は?」

 ソフィアが聞いた。

「一応、人並みには……警吏志望だったから」

「そう。ならこれ」

 ソフィアはグイードに剣を投げ渡した。

「使ってもいいよ。その分、僕のために尽くすといい」

 そう言われてグイードは剣を鞘から抜いた。刃は鞘の装飾に負けぬ輝きを放っているが、グイードが驚いたのは別のものだった。

「!」

 刀身に刻まれた獅子と薔薇のレリーフ。帝国の紋章である。

 これを身に着けることが許されるのは大陸でただ一人。

「皇帝……」

 グイードはすぐに剣を鞘に収めた。帝国は崩壊したとはいえ、とても使う気にはなれない。

「ソ……ソフィア……」

 グイードの迷いを無視して、ソフィアは屋敷の奥へ進んでいく。

 グイードは倒れている警吏のサーベルを拾うと、すぐに追いかけた。



 二階奥の部屋。ソフィアは扉を破壊した。

 モーリッツはここまで進入されるとは思っていなかったらしく、酷く動揺している。

「な…なんだ? お前は……」

 モーリッツは抵抗しようと思ったが、部屋に入ってきたグイードを見て止めた。

「グイード……?」

「……」

 グイードはモーリッツと目を合わせようとはしなかった。

 ソフィアと少し話をすると、モーリッツは警吏たちに戦いを止めるように命令した。



 高貴な少女には帝王の資質がある。

 警吏たちと酒場の男たちを並べ、ソフィアは不敵な微笑を浮かべた。

 彼らは彼女の兵なのだ。「反逆者」の始末の手筈は整った。

「グイード、この国の最高権力者は何処にいる?」

 ソフィアが聞いた。グイードには彼女の考えが分かっていたが、敢えて聞き返した。

「そんなの知ってどうするんだ? そいつをどうしたい? この国を、どうしたい?」

「支配したい」

 即答した。

「女子供の歩けぬこの国を、僕の手で秩序あるものに変えてくれる」





  ――― つづく
 

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