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フィナリスローゼ
第2話

十七尉(text)   夏波幸世(Illust)/font>


 ソフィアの行動は早かった。警吏たちをまとめると、すぐに宰相の住む城へ向かった。

 皇帝であることと、賃金が与えられるということはすぐに人心を掌握した。

 彼女は逆らわれる理由を作らない。上に立つものとして当然の心構えである。

 騒ぎはすぐに宰相の耳にも入ったが、それほど大事だと彼は思っていなかった。

 城を守っているのは国軍である。そう簡単に負けはしない。

 宰相はそう思っていたが、それは見通しが甘かった。

 彼は民に重税を課せ、労働を強いた。国軍の中であっても不満を持つものは多い。

 強権を与えられた、重臣のモーリッツですら彼を見限っていたのだ。

 彼が思っているほど、彼の守りは厚くない。



 城を包囲するほどソフィアは駒を持っていない。城門を開けることすらままならない状況である。

 しかしその人数は、宰相を少なからず動揺させた。

 城門の前に陣取ったソフィアたちに、宰相は伝令を送った。

「ソフィア」

 受け取ったのはグイード。

「宰相が騒ぎを収めてくれと言っている。望むだけの金や宝玉をくれるそうだ」

「論外だね」

 ソフィアはすぐにそう言った。

「くれるもなにも、それはもともと僕のものだ」

 それを聞いてグイードは少し笑った。

「そうだな」

 伝令はすぐに送り返された。

 次は軍が出てくるかと思ったが、その後姿を現したのは宰相だった。堅く閉ざされた城門の上に立っている。

「?」

「指導者は誰だ。話をしよう」

 宰相は言った。そんな申し出受け入れられるはずはない、とグイードは思ったが、ソフィアは一人、前へ進み出た。

「ソフィ……」

 ソフィアはグイードの口を指で塞ぐと、剣とモルゲンシュタインを渡した。

「大丈夫グイード、あれは『僕の』家だ」

 そう言って、ソフィアは城門に近づいていった。

「君が首謀者か」

 宰相が訊ねた。

「そうだ」

「この騒ぎをとっとと収めろ。今ならまだ、多少温情をかけてやってもいいぞ?」

「『かけてやってもいい』だって? おい、誰に向かって口を利いているんだ」

「あ?」

「身の程を知れ。『愚民』」

 その言葉に、宰相は顔に怒りを浮かべた。

「そうか……!」

 そう言い残して奥へ引っ込んだ。と同時に、ソフィアはグイードを見て少し微笑んだ。

 すぐにグイードはソフィアの狙いに気づいた。それは、グイードでなければ気づけなかった。

(俺だから……そうだ、『俺だから』)

 グイードは走り始めた。

 モーリッツと彼の指揮する警吏たちはまだ気づいていない。グイードはソフィアにモルゲンシュテルンを投げ渡した。

 城門が開いた。待機させられていたのだろう、城内からは大軍が溢れ出てきた。宰相は話し合いをする気などは始めから無かったのだ。だが、ソフィアは気づいていた。

「陛下をお護りいたせ!!」

 走りながらグイードは叫んだ。警吏たちも城門へ向かい、すぐに乱戦になった。敵の兵数はソフィア側と同等程度であろうか。

 集団対集団。その乱戦の中でも、グイードは真っ先にソフィアを見つけた。

 ソフィアは強い。軍相手にも全く負けていない、どころか、圧倒している。

 グイードの剣術など及びもつかない。それでも彼はすぐに彼女の側へ来た。

 王には、従者が必要だ。

「ソフィア、お守り致します」

「うん、よい心がけだ」

 二人は城内に進入していった。



 城内で、グイードは真っ先に火を放った。

 敵を諦めさせるためと、事の重大さに気づいていない宰相を目覚めさせるためである。

 軍人たちも炎を見て寝返り始めたが、物欲の強い宰相はギリギリまで耐えようとする。

 城の人間は皆逃げていったが宰相だけは残っている。絢爛豪華な自らの部屋で、宝石箱を抱えていた。

 その部屋に入ると、ソフィアは宰相の前に立ち、傍らに立つグイードから剣を受け取る。

「…………」

 宰相は声が出ない。金も権力も牛耳っていたはずの自分が、これほどの短時間でここまで追い込まれるとは夢にも思っていなかった。

「あなたが宰相?」

 ソフィアが言った。冷笑を含んだ威圧的な声だった。

「……な…………なにをする……」

 宰相がやっと出せた言葉がそれだった。未だ宝石箱を抱えて離さない。もう、城中の宝物は燃え始めている。

 宰相は続けて言う。それしか出来ない。

「ここは私の……城だ! ……私の領地だ! 私の国だ! 侵略か!? 反逆か!? ふざけるな! 市民風情が!!」

「それは?」

 ソフィアが宝石箱を指差した。

「これは……私の宝玉だ。私の金だ!」

 それを聞いてグイードは言い返した。

「違うだろ宰相? 民から巻き上げたものだ」

「だから何だ! それでもこれは私の……」

 宰相が言い終わる前に、ソフィアは宝石箱を真っ二つに切った。宰相の目の前に、宝玉が飛び散る。

「!!?」

 最後の拠り所であった。宰相はこぼれた宝玉を拾い集めるが、それを嘲笑うようにソフィアは宝玉を踏みつけた。

「黙れ」

 顔を上げた宰相に、少女は剣を向けている。見覚えがある刀身のレリーフ。宰相は再び声をなくした。

「『私の金?』 『私の宝?』 『私の領地?』 『私の国?』」

 ソフィアは言い放つ。

「ち・が・う・だ・ろ『愚民』!!! この大陸に存在するありとあらゆる全ての物は、一つ残らず僕の物なんだよ……! 身の程を知れ!!」

 散らばる宝玉の中心に剣をつきたてると、ソフィアはモルゲンシュテルンを手にした。

 崩れ始めた城内の、床や壁を破壊し始めた。



 かくして城は廃墟と化し、国の最高権力者は失脚した。

 次の宰相にはモーリッツが選ばれたが、誰も反対者はいなかった。

 皇帝が直接指名したのだ。反対などするはずがない。

 立て直すのは苦労を伴うだろうが、警吏と国軍が状況を把握しているため、そう時間はかからないだろう。

 その上、この国には莫大な金がもたらされている。バラ柄の大きい巾着袋いっぱいの金。



 祝勝会の後。酒場を去ろうとするソフィアに、グイードは聞いた。

「本当にいいのか? あんな大金……」

「足りない?」

「足りるさ……でも……」

「大丈夫だよ、旅費ぐらいは残したから」

「でも、信じられない。全財産なんだろ?」

「……」

 ソフィアは少し俯いた。

「……帝国、なんで崩壊したかわかる?」

「なんだ急に……それは、優秀な指導者だった先代皇帝の死去で大陸中が混乱したからだろ?」

「うん……僕の父上はすごい人だよ。だけどね、君達が思ってるほど完璧じゃない。なんで誰も反逆しなかったか? お金持ちだったから」

 ソフィアは続ける。

「みんなからお金を集めていたんだ。だから多くの国の権力者達は『自分が統治すれば自分の金になる』って思った。それで失敗した。だから、僕は違うようにする」

「……そう、か」

 子供みたいな理屈だが、グイードはそれでもいいと思った。

「うん。だからグイード」

 ソフィアが手を差し伸べた。

「僕はしばらく、君には何も与えることは出来ないかもしれない。だけど」

 ソフィアの言おうとしていることをグイードは分かっていた。

 内心は、不安だった。

「グイード、一緒に来てくれるかな?」

 答は決まっている。



 ━━生きる理由が出来たんだ。彼女は俺に、生きる理由を与えてくれた。



 グイードはソフィアの前で膝を突いた。

「もちろんだ」

 少女には、従者が必要だ。

「『皇帝陛下』」

 ソフィアは笑った。それが、グイードに与えられた始めての褒美だった。

 グイードは祖国を出て行く。大陸の再統一のために、二人は次の国へ向かった。




  ―――  終    
 
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