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アナタのトリコ
第1話
text 詩絵リイ南 / Illust フェレ

 マンションの立ち並ぶ住宅地。

 併設された公園の電灯が明るくなり、多くの家庭から食欲をそそる様々な良い香りが立ち上っている。ここ空和家でも家族三人食卓を囲んでいた。

「パパあーん♪」

「あーん♪」 

 高校二年生の青唯は、年甲斐もなく新婚夫婦のように互いのオカズを食べさせあっている両親に、少々苛つきながら黙々と食事をしていた。

 目の前の両親を視界に入れるだけでもストレスの溜るこの状況からいち早く抜け出したい。

 青唯はそう心で叫びながらいつものように慌ただしく箸を進め、残りの味噌汁を飲み干そうとしていた。

 その時。

「そうだ青唯」

 いつもなら母との食べさせ合いっこに夢中になり、青唯が席を立った事にも気付かない父が珍しく話しかけてきた。

 青唯はまたクダラナイ事でも言い出すのだろうと、さして興味も示さず味噌汁を飲みながら適当な返事を返す。

「んー?」

「パパとママ、日本を離れる事にしたんだ」

「ぶーーーっ!けほっげほっげほっ、かはっ…今、何て…っ」

 満面の笑みで話す父親の言葉に驚き、青唯は含んでいた味噌汁を父親の顔面めがけて吹き出した。

「まぁ、青唯ちゃんたら元気よすぎだわ♪」

 母は変わらぬ笑顔と穏やかな口調でみそ汁の具がついた父の顔を拭く。

「あらあら♪イイ男が台無し♪」

 父は母に顔を拭いてもらいながら改めて青唯に告げた。

「日本を離れて、アフリカでボランティア活動をするんだ」

 青唯は父の説明に勢いよく立ち上がるが、ここは冷静に話し合おうと大きく深呼吸をして、持っていた箸とお椀を静かにテーブルに置いた。

「で、いつ行くんだ?」

「明日」

 元々クールなタイプではない青唯がこのまま冷静に話し合えるわけも無く、とんでもない事を普通に言う両親の態度に、一度静めた怒りを押さえきれなくなり両親を責め立てる。

「なんでそんな急なんだ!俺は何にも聞いてない!」

 すると母は父の腕に自分の腕を回し、全く悪びれる様子もなく言い放った。

「だってぇ〜、話してないもの♪ねーパパ♪」

「ねーママ♪」

「ねー♪じゃねーだろっっっ、一人息子に黙って何してくれてんだっっっ」

 母は、隣近所も関係ないくらいに声を荒げる息子に小首を傾げて言った。

「青唯ちゃんも一緒に行きたいの?」

 この母には、何故青唯が怒っているのかが分からないらしい。

 母の事を一番よく知っているはずの自分が正論で言い争ってしまった事を後悔し、青唯は力なく椅子に座り込んだ。

「どうしてそうなるんだよ…」

 これ以上母と話していてもラチがあかない為、青唯は矛先を父へと変えた。

「で、会社はどーすんだ親父」

 母の頼みならどんな事も即決してしまう父。

 けれどこれは生活に関わる問題だ。いくらなんでも無茶苦茶な事はしていないだろうと、青唯は祈る思いで父を見つめる。

 父は息子の思いに気付いたのか、心配には及ばないと自信満々の笑顔で青唯に告げた。

「今日辞表を出してきた」

「……」

 会社を辞めてきた事をあっけらかんと言う父に言葉を失い、力なく顔面からテーブルに突っ伏した青唯の目からは滝のような涙が流れる。

 もうこの家にマトモな話しが出来る奴は居ない…。

 父だけはかろうじて真面目な話しが出来ると思っていたのに、いつの間にか完全に母の毒気にやられていたなんて。

 青唯は両手で頭を抱え、これから自分がどうなっていくのかを考え始めた。

 そして気付いたのだ。

「そうか…」

 今回のとんでもない話、青唯にとっては悪い事ではないのかもしれない。

 自分が無理矢理アフリカへ連れて行かれるわけではなく、手の付けられない陽気な両親だけがアフリカへ行くのだ。父の退職金もある。このマンションもある。自分が働きに出るまでの蓄えは十分にあるハズ。

 だったらむしろ…、

「これってラッキーなんじゃねぇ?」

 静かで平穏な一人暮らしの様子を思い浮かべ、青唯の表情はみるみる笑顔に満ちていく。頭の中でサンバの衣装を身にまとい、軽快な笛の音と共に踊り出しているくらいに青唯のテンションは最高潮だ。

「ねぇパパ、アフリカの銀行にお金は移したの?」

「ママはそんな心配しなくていいよぉ。ちゃんと退職金で口座開設を済ませてきた」

「きゃ♪パパかっこいぃ♪」

 まるでサッカー選手がゴールを決めたその時の様に、両手を広げ天を仰ぎ歓喜の涙を流していた青唯だったが、両親の言葉に頭の中のサンバが消えた。

「アフリカの…銀行?…退職金で…」

 青唯は真っ青な顔でテーブルから身を乗り出し、聞き間違いである事を祈りながら父に訪ねた。

「まさかっ…退職金…全部…っ」

 父は大きく腕組みをすると、高笑いをして満足そうに話す。

「勿論だとも。難しい手続きは出来ないと思ったのか?父さんだってやる時はやるんだぞ。ワーッハッハー」

「パパ素敵♪」

 難しい手続きをして見事退職金を全額アフリカの銀行へと入金してしまった父のおかげで、マンションでの悠々自適な生活が泡と消え、ショックのあまり脱力した青唯の体はテーブルから床へスライムの様に傾れて行った。

 と、そこへ。



 …………ぴーんぽーん♪



「ん?こんな時間に誰かなママ」

 すると母は両手を軽く叩き、父に向かって無邪気な笑顔を見せる。

「ふふっ。ママね、パパに内緒で凄い事を思いついちゃったの♪」

 母は椅子から立ち上がると、パタパタと陽気にスリッパを鳴らし、テレビモニター付きインターホンの前へ立った。

『どーもー、あなたも私もニッコニコ、ニコニコ満足ショップでーす』

 ショップの名前を耳にした青唯が、ぴくりと僅かに反応を示す。

「はーい♪」

 母はそのショップ店員が来る事を分かっていたのか、迷わずオートロックを解除し、ショップ店員を迎える為に小走りに玄関へ向かった。

 しばらくすると赤白の作業服にキャップ姿のショップ店員が三名、母に案内され入ってきた。

「さあどうぞー、家にあるものぜーんぶ持っていっちゃって下さい♪」

「全部っ?いいんですか?」

「はい♪」

 店員は通されたリビングを見て目を輝かせた。ザッとリビングを見渡しただけでも、大型プラズマテレビ・革製のソファー・クラシック調のテーブル・熱帯魚・サイドボードの中には有名ブランドの物だろうティーセットがズラリ。

「いやぁー、こりゃ宝の山ですねー」

 店員はリビングを見渡しキラキラと目を輝かせ、手元を見る事なくウエストポーチから慣れた手つきで「買い」と「引取」と書かれた青と赤のシールを取り出すと、途端に真面目な仕事顔に戻り、

「よし…散れっ」

 という頭格の店員の指示でそれぞれ別々の部屋へ行き、ペタペタとシールを貼り出した。

 青唯はまるで魂が抜けてしまったようにボーっとした表情のまま、ゆっくりとその場に正座をして母に説明を求めた。

「ねぇ…この人達は誰?」

「あら?青唯ちゃん知らないの?ホラ、テレビCMで良く流れているじゃない。あなたの町の〜♪お役に立ちたい♪いらない物は〜♪売って下さい♪あなたも私もニッコニコ♪ニコニコ満足っちゃっちゃ、ショップでーす♪ちゃちゃちゃ♪あはっ♪」

 楽しそうにテレビCMソングを真似して歌う母のオンステージに、父は拍手で参加する。

「ママ上手いなー」

 陽気な両親の傍らで、相変わらず視点の定まらない青唯は遠くを見つめたまま再び母に問う。

「そのディスカウントショップの人が何の用で?」

 青唯が聞いてる端から青唯の周りの物にもバシバシとシールが貼られて行く。

「少しでもアフリカの方々のお役に立てればと思ってね、お家の物をぜーんぶ売ってお金を持って行こうって♪」

「へぇ〜…」

 父は母の話しに感動し、滝のような涙を流して母を強く抱きしめる。

「素晴らしい…ママ素晴らしいよ!」

「パパ、話しにはまだ続きがあるのよ♪」

 母は父の涙を拭きながら、青唯が青唯で無くなってしまうほどのトドメの一言を口にした。

「パパとママがいなくなっちゃうでしょ?だからこのマンション、引き払う事にしたの♪」

 父は再び滝のような涙を流し、いつ作って忍ばせていたのかポケットの紙吹雪をまき散らして母を惜しみなく讃えた。

「ブラボー!ブラボーママー!」

 あまりにも理解しかねるこの異常事態に、青唯は正座のまま横に倒れて涙を流し、気が狂ってしまったのか幸せに満ちた微笑みを浮かべていた。もう何を言う事も何を考える事も嫌になったのだろう。

 青唯の目には“お花畑”でも見えているのか…。

 温かな日だまりでも見えているのか…。

 そして、大きなショックに耐えられなくなった青唯はそのまま天に召されて…、

 

「たまるかぁっ!」

 

 やっと正気に戻った青唯はテーブルを叩き、最強の怒りを両親にぶつけた。

「なぁーに考えてんだ!!俺はどーすんだ!」

 すると両親は笑みを浮かべ、一枚の紙と古いオモチャの指輪がついたネックレスを青唯に差し出した。 

 


  (つづく)  


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