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エチュード
第1話
text ことばたらず / Illust Gh

 優は駅の階段を駆けおりると、カバンの中から定期券をだした。

「早く、優! ガイダンスに遅れるよ!」

あきれ顔のレイカが、改札口の前でまっている。優はあわてて改札口に定期券をいれた。ピコーン。改札口のシャッターがしまる。

「わ、これ、ミ▲ドのスクラッチカードだ!」

「ちょっと、なにやってんのよ!」

 

 季節は春。今日から大学生の優は、ある決意を胸に大学の門をくぐった。

優は小さい頃から一人ではなにもできない性格で、うじうじ、おどおど、そんな自分が死ぬほど嫌だった。

 

(わたしは、今日から生まれかわるんだ)

 

優とレイカが大学の門をくぐると、大勢の生徒たちであふれ返っていた。レイカは、優の手をつかむと群集に突撃した。

 

「ねねね、チアリーダーやらない?」

「アニ研キター! 他の部活自重しる!」

「囲碁部で神の一手に近づかないか?」

 

 さまざまなクラブが、二人を勧誘してきたが、レイカがにらむと大抵の人間は尻込みしてしまった。優はなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

そんな優をよそにレイカは、群集をかきわけ突き進む。しかし、レイカの体に誰かがあたると、その反動で優の手が離れてしまった。

「しまった! 優、ついてきてる?!」

レイカがふり返ると、優の周りには人だかりができていた。

おどおどとしている優に、ヤクザ風の男が話しかける。

「おい嬢ちゃん……。チラシを受けとったからには茶道部に入るんだろうな?」

「あ、えっと、その……」

「ああ!? 聞こえないんだよ、もっとデカイ声だせや! あんまりなめてると茶の雨ふらすぞ!」

 レイカはため息をつくと「はいはいどいた」と群集をかきわけ、優を引っぱりだした。

「あのさ、あんまり迷惑かけないでよ。それに嫌なら嫌って、はっきりいえば?」

「ごめん、なんだか悪くて……」

「はぁ? じゃあ、優は誘われたらなんでも入るの? 約束したじゃん。大学に入ったら一緒にサッカー部のマネージャーやるって」

「……わ、忘れてたわけじゃないけど……」

「あのさ、いいかげんにしてよ!!」

そういうとレイカは、優のカバンに山積みになっているチラシをゴミ箱に捨てた。

今にも泣きだしそうな優をよそに、レイカは重圧のある声でつぶやいた。

「あのさ、自分がどれだけ暗いかわかってる? 大学に入ったら性格かえるっていってたよね? あれ、うそだったの?」

「そ、それは……」

 そのときだった。どこからか、聴き覚えのあるメロディが流れてきた。いや、あきらかに優とレイカに向けられている。

「この曲……水戸黄門だ……」

 優がふり返ると、水戸黄門に扮した一行がたっていた。

 優はナニがおこっているのか理解できなかった。ただ、この現状を打破してくれるかもしれないという期待が脳裏をよぎった。

 優は、目をパチクリして一行を見てみた。

 格さんの姿をした背の高い男が右側に、かげろうのお銀の格好をした色気むんむんの女が左側に、そして中央に黄門様の姿をした小太りの男が杖をもちドンっと構えていた。

「あーちょっと、ちょっと」

 と、格さんの姿をした男が優に近づくと、チラシを渡し、耳にそっとささやいた。

「今から、エチュードをやるから見てって。あ、エチュードっていうのは、即興芝居のことだから」

 彼らは演劇サークルの一員で、格さんの格好をしているのが多田羅、かげろうのお銀が絢子、そして黄門様の格好をしているのが阿藤だ。多田羅は、ふところから印籠をだすと、大きく息を吸い、声を張りあげた。

「この紋所が目に入らぬか! こちらにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ! 一同、ご老公の御前である、頭が高い。ひかえおろぉぉぉ!」

 多田羅が台詞をいい終わると、阿藤は「せいや!」と杖を空にほうり投げた。  

「わしの早さについてこれるかな?」

 そういうと阿藤は、腰をふんふんと動かし、凄まじいスピードで腕立てや腹筋をはじめた。

「あのバカ! また暴走だよ!」

 

 絢子はため息をつくと、阿藤にカカト落としをかまし、そのまま、コブラツイストをかけた。

「ぎゃぁぁ! 花房先輩、死ぬぅぅ!」

「だから、簡単に素に戻るんじゃないよ! いつも言ってるだろ、役になりきれって!」

 目の前でくり広げられる大乱闘に、レイカは目が点になっていた。横をみると、優がキラキラした目で即興芝居を見ている。

「なんだろう。すごく、ドキドキする……」

優は、体の中に熱いものが流れこむのを感じた。なんともいえない感情。ずっと、ずっと見ていたいと思った。

しかし、それは、レイカの冷たい一言で幕をとじた。

 

「気持ちわるいんだけど!」 

 そういうとレイカは優の手をつかみ、チラシをゴミ箱に捨てると、校舎の中に入っていった。

 

「気持ちわるい? それ誰のことッスか?」

「あんただろ! 芝居は発信、受信って何回いえばわかるのよ! あーもう、こんなだから誰も入らないんだよ!」

 絢子がそういうと、阿藤の表情がまたたく間に暗くなった。そんな阿藤をよそに多田羅は伸びをする。

「うーん、気持ちいい。花房もやってみろよ」

「そだね、って、そんな状況かっっ!!」

 絢子のまわし蹴りが多田羅のみぞおちに決まった。ぐふっと多田羅が地面に崩れおちる。

「あの……」

 多田羅が顔をあげると、目の前に優が立っていた。

「あれ、どうしたの?」

「いや、さっきは……その……」

「え? なに? 聞こえない?」

 絢子は、イラッとして、ぶっきらぼういい放った。

「あのさ、いいたいことがあるんならハッきりいいなさいよ」

「あ、いや、その……す、す……」

「怒るわよ?」

 優は、グッと唇を噛むと、大きく息を吸い感情を爆発させた。

「その、あの、チラシを捨てて、すいませんでした!」

 

 気がつくと多田羅は暗闇の中にたっていた。

 多田羅が上を見上げると無数の氷が落ちてきた。

「う、うわぁぁぁ!」

 多田羅は氷の下敷きになってしまった。しかし、ふわりと春風が吹くと氷は全て溶けてしまった。

 

「なんなんだ一体!? あの娘が謝ったとたん風が吹いて、僕はここに立っていた。まさか、ここは、あの娘の感情の中なのか?!」 


  (つづく)  

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