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エチュード
第3話
text ことばたらず / Illust Gh



 多田羅の目の前に小人が現れると、小人は楽しそうに踊り始めた。やがて小人は数人になり、いつの間にか楽器を持ちだして、演奏していた。多田羅はゴクリと生唾を飲むと、優にそっとつぶいた。

「次は、寂しく読んでみてくれるかな?」

 多田羅がそういうと、優はゆっくりと息を吸い、寂しそうに冊子を読み始めた。

 すると、多田羅の目の前に髪と髭がボサボサのホームレスの男が現れた。男は死んだ魚のような目で多田羅を見つめた。

多田羅は胸がしめつけられた。この男は、一体、どのような人生を歩んできたのか? 男の体から寂しさが滲みでていた。

「次は、やさしく読んでみてくれる?」

 多田羅がそういうと、優は優しく冊子を読み始めた。

 するとどうだろう。桜の花が天井から、ひらひらと落ちてきて、春風が吹くたびに桜の花がふわりと舞いあがる。

「ああ、なんて気持ちいいんだろう。いつまでもここにいたい。ああ、ずっと……」

 絢子が教室のドアをあけると、大きな桜の木が立っていた。桜の木の下で多田羅が気持ちよさそうに眠っている。

「これは……まさか……」

「ん、花房か? あーごめん。もういいよ」 

 多田羅がそういうと、優は冊子を読むのをやめた。阿藤と霧子が教室に入ってくる。

 優は、ふぅと息を吐いた。

「どう? 台本を読んだ感想は?」

「あ、その、よくわからないです……」

 多田羅はニコっと笑った。

「役者はさ、声、体のしなやかさ、キレ、華、どれかが秀でてなきゃプロにはなれないんだよね。たとえば阿藤は体のキレ、花房は体が柔らかい、黒江は華、そして君は感情が飛びぬけてる」

「そ、そんな……わたしは、暗くて、うじうじしてて、声も小さくて……」

「君は知らず知らずのうちに、自分の感情を押し殺しているんだよ。だけど今は違う」

「え?」

「どうかな? 君がよければ、僕たちと一緒に芝居をやってみないかい?」

 

 次の日、優は大学に向かう道をとことこと歩いていた。

(なんだろう、あそこにいると、自分ではない自分になれる気がする……)

「まるで金魚の糞じゃん」

 優が声の方向に振り返ると、レイカとその彼氏が歩いていた。優はとっさに電柱に隠れた。なんだかそうしないといけないような気がしたからだ。

 レイカは冷めた目つきで彼氏とべらべらと話していた。

「その娘、優っていうんだけど、最近うざいんだよね〜」

「あー幼馴染の? でも、あっちは親友だと思ってんだろ?」

「いい迷惑だっつーの。慕われるこっちの身にもなってみろっての!」

「ひっで〜! あんた何様?」

「レイカ様ぁ〜」

 レイカと彼氏はケラケラと笑いながら、電柱を通り過ぎていった。

 

 優の唇は震えていた。胸が苦しくて、締めつけられて、頭の中が灰色になった。

 優は、ダッと駆けだした。走ればこの虚無感が消えると思ったからだ。

だが、走れば、走るほど虚無感は消えるどころか、優の心に暗く浸透していった。

優は駅の改札口を抜けると、電車に飛び乗った。我慢していた感情が溢れだす。涙がポロポロと頬を流れた。

「あれ? きみ?」

 優がふりむくと、多田羅が片足でたっていた。

「わ、わわわ!」

 優は急いで涙を拭くと、無理やり声を押し出した。

「な、なにしてるんですか……?」

「ああ、これ? 芝居の稽古なんだ。ほら、役者ってバランス感覚がないと舞台でよろけたりするからさ。どうしたの? 泣いてたみたいだけど?」

 優は、黙っていた。

 多田羅は、頭をぽりぽり掻くと、

「その……黙ってても君の場合、感情が伝わってくるんだよね。よかったら、相談にのるけど?」

 優は、唇をかむと、声を絞りだした。

「わたし……居場所ないんです……」

 優は、多田羅に今までのことを全て話した。自分の性格のこと、レイカのこと。

 多田羅はすべて聞き終わると、ポツリとつぶやいた。

「親友だと思ってた友達が、か……」

「わたし、小さい頃から一人じゃなにもできなくて、暗くて……そんな自分が嫌いで……」

「でもさ、サッカーをやってる人が野球をやっても居場所がないよね。君は今までいた環境じゃ光らなかっただけだよ」

 そのとき、電車のドアが開いた。

「よーし、ゴールは改札口だ!」

「え?!」

 電車を飛び降りた優と多田羅は、駅の階段を片足でトントンと下っていった。

 優は、無我夢中で多田羅を追う。

「どうしてわたし、片足で競争してるんだろ?」

 優はふと、そんなことを思ったが、この状況が不思議と楽しかった。

 多田羅の背が迫ってきた。優はカバンから定期券をだすと、スピードをあげ、多田羅をかわした。

「やった!」

 優は定期券を改札口にいれた。

 ピコーン。

 改札口のシャッターがしまる。その反動で、カバンの中身がドサッと地面に落ちた。

 横をみると多田羅は改札口を抜けていた。

「ふぅ〜危なかった。 君、やるじゃん!」

 多田羅が優を見ると、優は、カバンの中身を泣きながら集めていた。

 改札口には、スクラッチカードが出ている。

「わたし、ダメなんです……。いつも、こんなだから……足手まといで、どんくさくて、きっと、芝居でもみなさんに迷惑をかけます……だから……」

 多田羅は、カバンの中身を拾うと、優に手をさしのべた。

「君は、君が思う以上に、魅力があるよ」

「……」

「僕はそう思う」

 優は、あふれでる涙を手でぬぐった。

「さぁ、いこう。僕が友達を説得してあげるから」

 多田羅は強引に手をつかむと、優をひっぱりあげた。

 そして、大学への道を二人で歩いた。

 優は前を歩く多田羅の背中を見つめた。

 自分にはない自信に満ちた目標がきまったまっすぐな背中。

 優は自分が情けなかった。一度は生まれ変わると決意したのに、結局、ナニも変わりはしなかった。それどころか、他人の力を借りて、再び進もうとしている。

(ここで……逃げたらダメだ……)

 優は手をグッと握ると、大学にむかって駆けだした。


  (つづく)  

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