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春と夏
第2話 春と夏の平和な日常?
text 秋野めぐる / Illust 真野ニコ



 

太陽が上の方に見える。

こんな時間にまともに外に出たのはどのくらいぶりだろうか。

忘れていた日差しの温かさにびっくりしてしまう。

心が洗われるようだ、とはこういうのを言うのかもしれない。



「ほら、ち〜ちゃん!遅いよ!さっさと来なよ!!」

この少女が一緒じゃなければ本当に心が洗われていたかもしれないのに――



甲本千夏、幼く見えるが自称 親も恥らう女子高生(恥らうのは花じゃないのか?)。

背も低く見えるが事務所公式資料では160cmだそうだ・・・さすがにこれは確実に嘘である。

どう見ても150cmすらない(というかどこの事務所だよ)。

僕と並ぶとちょうど僕の胸の辺りをぴょこぴょこするポニーテール=悪魔の尻尾を両手でつかんで振り回したくなる。

これはきっと殺意に似たものだろう。



もちろんそんなことはできない――

「こら!今度は歩くのが早い!いたいけな女の子と歩いてんだからスピードあわせなさいよ!」

そう言いながら僕の背中をばしばし叩く。



対人恐怖症気味の僕には、見た目は幼くても強気な千夏に逆らうほどの行動意欲はない。

そのことを見透かしてか、彼女の方も僕に遠慮というものがない。



 

「見てこれ?!高級松○牛だって!なんで○坂選手の写真がついてんの?逆にうそ臭すぎ!よっし!話の種に食べようぜ!」

「誰がお金出すんだよ?」

「ち〜ちゃんは医者のくせに根暗ヒッキーだからあまりお金使わないっしょ、こうしてわたしが使ってあげ

るから感謝しなさいよね」

「・・・・・」

遠慮がないというよりも僕を財布か何かだと思ってないか?



あの日、僕の弱みを握って以来、千夏はたびたびうちに遊びに来る。

そして遊びに来るたびにあつかましさも増してきた。

せっかくの休日に家でくつろいでいたら、連絡もなく家に現れたかと思うと、腹が減ったので買い物に付き合えという。

予想はしていたが買い物の払いは全部僕のようだ。



「誰が料理するんだ?肉の焼き方なんて僕は知らないよ」

「あ〜んな汚い台所じゃ料理なんて出来ないの当たり前だよねぇ〜、知ってる?お米って洗剤入れてといじゃだめなんだよ?」

さすがにそれは知っている――



「ステーキ肉の焼き方くらいネットで見ればすぐ分かるっしょ?台所も綺麗にしてあげたし、そのくらいわたしが焼くっすよ」

「台所を綺麗にしたのは僕――」

「わたしが命令したから やぁっと手をつけたんじゃん、あのゴミだらけの台所に」

「そうだけど、実際に片付けたのは――」

「わたしのおかげじゃん、わたしのおかげでステーキも食べられるんだ、幸せ者だね〜」

「それも僕のお金――」

「さて、あとは何食べよっかな〜、デザート欲しいよね〜」

「・・・・・」



尻尾(ポニーテール)をふりふり楽しそうにショッピングをする千夏・・・

僕はため息をつく以外ゆるされないようだ。



 

僕はロリコンではない、ましてやこの小悪魔がどんな格好をしようがどうでもいい――しかし

「なんで体育着に割烹着なんだ?」

マニアが喜びそうな、そうでもないような、微妙な格好の千夏が台所で肉を焼いている。

「だって普段着に匂いがついたらいやじゃん」

なるほど、確かにそうだ、やはりそういうのが気になる年頃なのか――

――と、納得してもいいのか?この格好に?



おしとやかさを象徴するものと言ってもよい割烹着、なのに背中側、ちょうちょに結んだ紐の上下には、躍動的な闊達さを感じさせる青いラインの入ったシャツとハーフパンツ。

サイズが合っていないぶかぶかの割烹着が、体の線を健康的にデコレートする体育着を内包しているのだ・・・どう見ても変だ・・・よな?

童顔なので幼児体型かと思っていたら、こうして見ると足もお尻も結構引き締まっている気がする。

背が低いので少し背伸び気味に調理をしているからだろうか、すらりと伸びた背筋も――



「なにじろじろ見てんの?」

「え?あ?!いやっ!その!!!」

はっ!

僕は何を食い入るように見ているんだ?!

「やらし〜!ブルマだったらよかったのに、とか考えてるんでしょ」

「ち、違う!変な格好だからあきれて――」

「それか裸にエプロンとか妄想して楽しんでたんじゃないの?」

非難めいた目で僕を見る千夏。

誤解されるのも癪だがこれ以上舐められるのも癪だ!



「馬鹿を言うな!裸にエプロンはやたら胸のでかい馬鹿そうな女にしか似合わないんだ!大和撫子なら断然割烹着の方がいいに決まってるだろ!!」

「・・・・・ごめん、わたしが間違ってました」



思わず千夏の両肩をつかんで抗議してしまったが、わかってくれたようだ。

なんだかかわいそうなものでも見るような目で見られてるけど・・・まぁいっか。



 

「あ・・・うまい・・・・・」

「当たり前っすよ、わたし、これでも調理師目指してんだから」

テーブルの上にはステーキにご飯にスープにサラダ、それも全て手作りの、ちゃんと調理されたものだ。

自分のマンションでこれほど豪華な食事を口にしたことはない。



「へ〜、すごいね、これなら千夏が調理師になったら食べに行きたいな」

「嘘だよ〜ん、調理師なんて面倒臭いのをわたしが目指すわけないじゃん」

・・・・・・・・むかっ!

「わたしがうまいんじゃなくてもともとこのお肉が美味しいのよ、そんなに人に騙されやすいと世間に出ると大変だよ、あっ、だからち〜ちゃんはヒッキーやってるのか」

美味しいのは確かだ、だが目の前でケタケタ笑っている悪魔がいなかったらもっと美味しかったもしれない――



なんとかこの悪魔と縁を切れないものなのだろうか?

「家の人は心配してないの?」

「ん〜、お母さんはわかんないけど、お父さんは乱暴するからどうでもいい」

「え?」

さらりと重い発言、顔を上げて千夏の方を見ると、だけど何事でもないかのように普通に食事をしている。



「うちのお父さんってさ、すぐ酔ってわたしやお母さんに手を上げるのよね、しかもグーで、しかも目立たない所ばっかり」

言いながら、しかし笑いながら自分の胸やお腹の辺りを撫で回す千夏。

「そぅ・・・なんだ・・・・・」

「うん」



なんで笑って話せるのだろう?

いや・・・笑うしかないのだろうか?



慰めの言葉をかけたくなる自分がいる――

千夏は変わらず食事を楽しんでいる。



「スープも美味しいよ」

「それはインスタントっすよ」

「そういえばいつものわかめスープだ・・・」



結局触れないことにした。



僕のマンションが千夏の逃げ場所であるなら、それを守ってあげるだけでいいじゃないか。



もっともらしい言い訳を後付して、自分の情けなさを確認してしまった。

口にしたわかめスープは、入れたお湯の量が多かったのか、少し塩気が薄い気がした。


  (つづく)  

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