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いちご(15)アナしなのちゃん
第1話 女子アナ軟禁

text 御田井万我 / Illust えのもとぺれ

 飲酒盃(いさはい)はすぐに分かった。今、入り口から入ってきた少女は南条しなのだと。普段、テレビをあまり見ない飲酒盃は女子アナの名前は一人も言えない。だが、南条しなのだけは知っている。一四歳で大学を卒業した天才。卒業と同時にキー局のアナウンサーになった。

昨年はかなりマスコミを賑わした。一年目にして朝の情報番組の進行役を任された。その番組は新たに二十代から三十代の男性視聴者を獲得した。それだけではない。いつも一生懸命。だけど、アナウンサーにしてはちょっと舌足らず。そんな南条しなのは主婦層からも支持された。番組の視聴率はぐんぐんと上がっていった。また、局アナであるにも関わらずN○Kに出演したり、ついにはテレビ局がプロデュースする商品のCMにまで出演をした。いささか過熱気味の一年目であった。テレビ局はそのブームに拍車をかけようと考えていた。二年目の今年は『十五歳アナ』として大々的に売り出そうとしていた。



 まだ、開店したばかりの『バー宮古』には飲酒盃と南条しなのしかいない。しなのは常連客のようにカウンターに吸い寄せられてきた。飲酒盃の前のカウンターチェアに腰掛けた。少しうつむき加減だったので前髪で瞳が隠れた。さらさらで艶のある前髪。その向こう側には白く形のいい鼻があり、テレビで見るよりずっときめ細やかで透明感のある頬が見えた。口元は少し無防備のようだ。それを見て飲酒盃はほっとした。バーテンダーはグラスを磨きながら、

「南条…しなのさんですね?」

 しなのは人差し指を立ててグロスで濡れた唇の前に置いた。それから、ちょっとだけ甘えた感じでウインクをした。飲酒盃はグラスを拭く手を休めることなく頷いた。

 注文はカルーアミルクだった。飲酒盃はオーダーに答えた。カウンターの上には番組の台本が置かれており、しなのはペンを片手に目を通していた。書物を読み始めた途端にさっきまでの親しみやすさは消えた。まるでオーラが出ているようで近寄りがたかった。台本の中には無数の書き込みがあった。左手に握られたクマのマスコットが付いたボールペンがさらに注意書きを追加していた。成長を見越して少し大きめのスーツを着ていたが、その姿は働く女性そのものだ。

「おかわりください」

 飲酒盃の目の前には空になったグラスがあった。再び飲酒盃はシェイカーを握った。バーテンダーの仕事ぶりを見つめた後、いちごアナが尋ねてきた。

「UFOを信じますか?」

 唐突な質問に飲酒盃は今作り上げたばかりのカクテルを落としそうになった。

「どうしちゃったんですか? 動揺しちゃって」

 飲酒盃はなんとか無事にカルーアミルクをしなのに手渡した。それから、いつものようにグラス磨きに精を出そうとした。だが、透けるような肌に桜を滲ませたアナウンサーがいたずらっぽくインタビューしてきた。

「あなたはUFOを見たことがあるのではないですか?」

 飲酒盃の手からグラスが落ちそうになる。しなのはそれを見逃さない。ヒョウが獲物を崖っぷちに追い込んだような表情で、

「ひょっとして、あなたが宇宙人なのではないですか?」

 すでに飲酒盃の手からグラスは逃げ出していた。薄いガラスが割れる乾いた音が、しなのの酔いを一瞬醒ました。



 静寂。



 しなのは飲酒盃の動かない指を見つめていた。さっきまでグラスを磨いていた指が今はマネキンのように硬直している。微動すらしない。まるで呼吸もしていないようだ。しなのはゆっくり視線を上昇させた。一見すると先ほどまでと変わらない黒いベストがあり、黒いネクタイがあった。だがそこには動物的な温もりが欠落していた。まるで、バーを取り囲むレンガの壁と同質なモノに思えた。ベストの下、その胸の奥にあるはずの心臓も動いていないのではないだろうか。

 しなのはそれ以上に視線を動かすことができなくなった。これより上には、とても恐ろしいモノがあるに違いない。すうっと、頭がさえてきて先ほどまで言っていた軽口が再来してきた。本当にこのバーテンダーさんが宇宙人だったらどうしよう。正体を知ってしまった自分は殺されてしまうのではないだろうか。

 しかしながら、しなのの迷いは一瞬で終了した。真実を知りたいという好奇心が彼女を突き動かしたのだ。

 大きくてちょっと優しく垂れ気味の瞳。いっぱい力を込めて飲酒盃の顔に焦点を合わした。そこには硬直した飲酒盃の顔があった。視線はしなのの方に向けられておらず、ずっと遠くを見ているようだった。目はうつろで、口もぽかりと開いている。今にも涎がこぼれ落ちてきそうだった。

 しなのはじっとバーテンダーを見た。それは好奇心ではなかった。恐怖のあまり視線を動かせなかったのだ。すると、バーテンダーが突然まばたきをした。死んでいた表情は口から生き返ってきた。

 笑みだ。

 そして、

「いらっしゃいま…せ?」

 突然、飲酒盃の視線がしなのとぶつかる。そこにしなのがいることを確認して、再び視線を遠くにやる。そして、また注視がしなのに戻り、またもや遠くへ飛んでいった。

 しなのが振り返ると、しなのが立っていた。ただし、もう一人はミッション系スクールの女子高生の服装をしていた。



「なんだ双子だったのかぁ」

 安心すると飲酒盃は割れたグラスを片づけ始めた。

「しなのの妹の『ひなの』です」

ツインテールの女の子はそう言った。膝上まであるニーソックスを履いている。カウンターチェアから白い足をぶらぶらさせながら、

「ホットミルクください」

「わたしはおかわり!」

 突き出された空のグラスをひなのが押し戻した。ひなのは、しなのより少しだけ眉が太い。その太い眉を尖らせて、

「しなちゃん、お酒好きが多い女子アナの世界だけど、一五歳で呑んじゃさすがによくないよぉ?」

 しなのは、首を斜めに傾けて力説した。

「だってぇ。お仕事はすっごく、すご〜く大変なんだよぉ?」

「お酒で失敗したアナウンサーは多いよ。ほらぁ…プチテレビの…き」

「き…きっ…キシ○ア閣下!」

「ち〜が〜い〜ます!」

「ギレ○総帥!」

「いい加減、ザビ家から離れなさいっ!」

「あうぅ…。じゃ、ザク! 旧ザク!」

「しなちゃん。テキトー言ってるでしょ」

「てへ」



 ひなのは足をばたつかせながら、

「バーテンダーさん、しなちゃんったら、酷いんです!」

 飲酒盃は耳を傾けた。

「UFOを信じてくれないんだよ! 宇宙人だけでなくプロジェクト・セルポもMJ-12もモスマンも否定するの」

「信じるに足る証拠がないもん」

「その証拠を集めるがジャーナリストってものじゃない」

 その言葉を聞いた途端、しなのは視線を落とした。先ほどまで饒舌だったアヒル口は固く閉じられている。

「ご、ごめん…」

 ひなのは勢いに任せて誤って口にした言葉を後悔していた。

「いいのよ」



大学の卒業を控えた時、研究者の道も用意されていた。だが、迷わずテレビ局を就職先に選んだ。「真実をこの目で確かめたい」そう願ってテレビ局に入社した。報道部への配属が希望だった。けれども、しなのの話題性に注目した上層部がアナウンス部へ配属したのだった。

初めはかなりショックだった。だが、持ち前の好奇心と情報番組を担当したことが救いになり、なんとか女子アナ一年目を終えることができた。けれども、人気が出てきた二年目はバラエティ番組の出演も増加してきた。さすがのしなのもストレスを感じてきた。さらに、追い打ちをかける事件が起こった。なんと明日はUFO特番の司会である。しなのは、やさぐれずにはいられなかった。



「ひなちゃん、気にしないで」

「うん」

「明日はひなちゃんが大好きなUFO特番の司会をするんだよ。う〜んと楽しい番組を作るから期待しててね」

 しなのは満面の笑みを浮かべた。

「ぅゎ…楽しみ…」

 ひなのは引きつった笑いだった。



 こんな双子のやり取りがされているとき、飲酒盃はカウンターの下にある赤いボタンを押した。それはバー宮古の唯一の出入り口をロックするボタンであった。

 もうこの部屋からは誰も出られない。



  −−−つづく   

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