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いちご(15)アナしなのちゃん 第2話 全身くまなく電流ビリビリ
text 御田井万我 / Illust えのもとぺれ
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バー宮古の出口は固く閉じられた。半地下にあるこのバーには窓はない。つまり双子の姉妹は逃げ口を失った。蟻地獄に迷い込んだ哀れな被食者と同じだ。
天才と呼ばれる十五歳の女子アナと彼女と同等の頭脳を持つ妹は自分たちの危機に気づくことなくじゃれあっていた。姉の南条しなのはアヒル口をいっそう尖らせながら言った。
「私は真実が伝えたくて報道の道を選んだんだよぉ。だけど、配属先はバラエティー班にゃの」
妹のひなのは口をへの字に曲げて、
「UFOの存在は真実だよ?」
しなのはずいと身を乗り出して、
「ならば、証拠を見せてよぉ」
しなのは少し酔っておどけている。目をぱちくりさせながら、ひなのの目を見つめている。けど、瞳の色は酒の霧に惑わされてはいない。内側に硬い意思が感じられた。
「むきゅう…」
「証拠、見せてみ?」
ひなのは追い詰められた。しなのの表情は一瞬で変わった。姉のにんまりとした表情が痛い。なにか打開策はないだろうか。いやらしい笑みを打ち消す証拠が欲しい。ひなのは鞄の中に手を入れた。白く細い指先に触れたものがあった。色はねずみ色。つり上がったアーモンド型の黒目。老人のような胴体。痩せ細った手足が伸びている地球外生命体……のフィギュア。鞄のファスナーからひょっこりリトルグレイが覗いている。ダッチワイフのように無機質に開いた口が少し間抜けだった。それを見た姉の鼻がプクっと膨らんだ。
ひなのは慌ててリトルグレイをしまいこんで、
「ロマンなの! UFOとかリトルグレイとかロズウェルとかはみーんなロマンなの!」
駄々っ子のようにかぶりを振りながら言った。しなのはその様子を見て優しくうなずくとこれ以上その話を引き伸ばすことはしなかった。
カウンターの向こう側では、バーテンダーの飲酒盃が依然としてグラスを磨き続けていた。これは仕方がない行動である。バー宮古のようにお客さんが少ないバーだとどうしても手すき時間ができてしまう。さらに、双子姉妹のように客同士で盛り上がっているときに話しかけるのはあまりにも野暮だ。けれども、バーテンダーがぼうっと突っ立っている店はかっこ悪い。ラーメン屋の店主のように壁にかかったテレビを見ることもできない。だから、いつも左手にグラスを持ち右手にナプキンを持っている。
双子にとって飲酒盃は背景と同化しつつあった。しかし、背景となった飲酒盃は品定めをしていた。双子に気づかれることなくじっくりと・・・・・・。事に及んだとき、どちらがいい表情をするだろうか。また、どちらが素敵な声を絞り出すだろうか。
寄り添って仲良く笑う双子姉妹は天使のように見えた。目の前のバーテンダーが悪魔のようなことを考えているとも知らずに。
「バーテンダーさん、とってもおいしいですぅ」
ひなのはハムスターのように両手で小さなチョコレートを握っていた。しなのは唾液を飲み込みながら、
「これはヴァ○ーナのチョコレートですね」
口の中でチョコレートがとろけるように、ひなのの表情もとろけていた。
「こくがあるぅ…」
「けど、私たちはオーダーしていないような…」
「私からのささやかな贈り物です」
「ありがと〜!」
「あ、ありがとうございます」
しなのは飲酒盃の含み笑いが不気味に思えた。
「しなちゃん、食べないの? しなちゃんのお皿のチョコレートは全然減ってないよ」
しなのは飲酒盃を見て伺いを立てると、飲酒盃はこくりと頷いたので、
「いいわよ。ひなちゃんが食べても」
しなのは自分の前に置かれたチョコレートをひなのに渡した。遠慮なくひとかけらのチョコレートを口の中に含むと、
「お姉ちゃん、ダイエットしてるんでしょ?」
質問だけでなくその表情まで悪徳芸能リポーターのようだ。
「そんなんじゃないわよ」
「見せる人もいないくせに」
「あうっ…」
しなのだってやられてばかりではない。
「チョコレートをバリバリ食べて豚になったら、ひなちゃんこそ彼氏できないんだから」
「ムムム…」
その声は初めはひなのが悔しがっているのだと思っていた。だが、すぐに事態がそんなのどかなものでないことに気づいた。
「い、痛い…」
ひなのは体を丸めてお腹を押さえた。肩が震えていた。顔中から汗が流れ出ている。呼吸が荒い。
「ひなちゃん、大丈夫?」
「わ、私…」
しなのは震える肩に両手をのせて背中から支えた。か細い訴えを聞き逃すまいと口元に耳を寄せた。
「うっ…」
ひなのは呼吸を整えようと努力をした。声にならない声を搾り出そうとしている。
「わ、私…う……っ!!」
ひなのは最後の言葉を搾り出すとカウンターチェアから転がり落ちるように降りて、お尻を押さえながらトイレに向かおうとした。
けれども、初めての店でしかもパニック状態だったのですぐにトイレが分からなかった。右手でお尻を押さえて、左手でおなかを押さえながら、ホッピングマシーンの様にぴょんぴょん跳ねながら回転していた。飲酒盃はすぐに察してトイレを教えた。するとホッピングマシーンはミサイルの如くトイレに直撃していった。
そして、再びしなのと飲酒盃の二人だけになった。しなのは、お礼を述べようとバーテンダーの方を見た。
それまで、ずっとグラスを拭き続けた飲酒盃はついに手を止めた。
無言のバーテンダー。
硬直と静寂。
しなのを見下ろす飲酒盃は、まるで古代人が築いた巨大な石造のように見えた。静かに、かつ威圧的だった。しなのは恐怖を感じてひるんだ。すると、カウンターチェアのバランスが崩れ倒れそうになる。途端に、しなのの手を飲酒盃が掴んだ。しなのは倒れることを免れたが、カウンターチェアは依然として傾いたままである。飲酒盃に全てを預ける形になってしまった。
沈黙。
しなのは自分から口を開くべきではないことは分かっていた。相手にはなにか要求があるのだ。しなのは待った。ほんの数秒であったが、とても長く感じられた。その時間の流れは生放送開始を知らせる秒読みと似ていた。
「南条…しなのさん」
ついに、来た。どんな要求を出されても、聞くだけは聴こう。実行するかどうかは別である。
「僕を…」
飲酒盃は続きの言葉を飲み込んだ。言いたいことを言わなければこの手を離さないんでしょう。だったら、早く言って欲しい。手を握られているだけでストレスが蓄積されているのだから。
「僕を…縛ってほしい」
「えっ?」
しなのは再びバランスを崩した。両手が宙を舞いしなのは一気に落下する。その瞬間、再び飲酒盃の手がしなのの右手を捕まえた。困惑するしなのにとどめを刺す。
「だから、僕の体を縛って欲しいんですっ!」
しなのは目眩がした。半分は今まで飲んだアルコールが脳を侵し始めたからかもしれない。目の前の変態の顔もぼやけてきた。変態は思いっきり顔面に力をこめて、
「ぎゅっと、ぎゅ〜っと縄で、きつくきつ〜く縛ってほしいんだ!」
頭がくらくらしてきた。もうどうでもいい。
「ヒー○ロッドで?」
「え?」
「グ○のヒー○ロッドで縛ってあげる」
「グ○?」
「うん。それで縛って、電流を流すの」
「で、ででで、電流?」
「ビリビリしちゃうの」
「全身くまなく?」
「もちろん、隈なくビリビリです」
「うぅ。想像しただけでたまらん!」
飲酒盃は操り人形の糸が切れたかのようにヒュルヒュルヒュルと床に倒れこんだ。意識が飛んだ変態は無防備な姿のまま重力に引き寄せられ、後頭部をしこたま床にたたきつけた。漬物石がコンクリートの床に落ちたような鈍い音がした。
しなのはカウンターに捕まってなんとか無事だった。バーカウンターの足元に転がった飲酒盃は動かない。まるでミイラのように倒れたままだった。
−−−つづく
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