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みたまちぇんじ
第1話
text 山本桐生 / Illust 玉倉かほ



 彼が隣に引っ越してきたのは、ちょうど中学生になった時だから、もう5年前。

 高校生になってしまった今でも想いを伝える事が出来ずにいた。

 春江野葵の日課。それは寝る前。ベッドの上からそっとカーテンを覗く事。

 その窓の向かい側。手が届きそうなほど近くに隣の家の窓がある。

 そこは彼の部屋。すでに部屋の明かりは消されていた。

「もう寝ちゃったかな」

 葵は小さく呟く。

 もし彼が寝ていなかったら、あの窓をたたき彼を呼び出す事が出来たのだろうか?そして想いを伝えられたのだろうか?

 ……好き……

「駄目だ。想像しただけで恥ずかしくて死にそうだ」

 あの窓は近いけど、今の葵には果てしなく遠くに見える。

 そして葵はため息と共に横になる。

 その葵の部屋。ドアが少しだけ開けられていた。閉め忘れたワケではない。葵がいつも意図的に開けているのだ。

 いつも部屋に入り込む彼女のために。

 その姿を葵は見付ける。

「ほら、おいで」

 彼女のトットットッという軽快な足音。そしてピョンッとベッドへと軽やかに飛び乗る。

「にゃぁ〜ん」

 それは飼い猫のミタマ、メス2歳。名付け親は弟の隆。

 葵が捨て猫を拾い、タマと名付けたのだが、隆の『いくら猫だからってタマとは安易じゃないか?』との意見。女の子だった事からタマの前に『美』を付けて『ミタマ』である。

「ほれミタマ、一緒に寝よ、おいで」

 と葵は布団を捲り、ポンポンと誘うようにベッドを叩くのだが、ミタマは葵を一瞥。

 そして足元の方へと移動して丸くなる。

「ちょっとミタマぁ、私に友昭くんの事を聞かせてよ」

 観倉友昭、それが葵の好きな隣の同級生。

 そしてミタマの行動範囲内に隣の観倉家も入っていた。

 さらにミタマは友昭に遊んでもらう事もしょっちゅう。

「ねぇねぇ、今日も行ったんでしょ、友昭くんのトコ。話を聞かせなさいって」

 その言葉にミタマが反応する事は無い。丸くなったまま。

「無理か」

 そう自分で言って、葵は小さく笑った。そして再びベッドへと横になる。

「……もし私がミタマだったら、毎日友昭くんの部屋に遊びに行くんだけどなぁ」

 誰に言うともなく葵は小さく呟いた。そして瞳を閉じる。

「ねぇ、ミタマ?」

 豆電球の小さな光の下、二つの小さな瞳が葵を見つめていた。それはミタマの目。そんなミタマの視線に葵は気付かないのだった。



 ジャア、コウカンシテアゲル



 それは目覚ましの音。甲高い耳障りな電子音が葵の鼓膜を突付く。

 眠りの底から引き上げられた葵は、手を伸ばして目覚ましを……目覚ましを……

「……あれ?」

 その位置にあるはずの目覚まし時計が無い。

 いつもなら目覚まし時計を止めた後、少しだけ布団の心地良さを楽しむのだが……

「……もうどこ行ったのよ?」

 瞼をゆっくり開くと、少しだけ部屋の景色が違う事に気付く。

 違う……内装が変わったわけではない……自分が寝ている位置が違う事に葵は気付く。

 ここはベッドの足元の方。

 こんなに自分は寝相が悪いはずないのに。

 そして葵は枕元の方へと視線を向けた。

 そこに葵は居た。ちゃんと枕の上でスヤスヤと寝息を立てている。

 ベッドで寝ている自分を、足元の方から自分が見ている。

「……?」

 寝起きという事もあり、全く頭が働かない。

 ボ〜

 ただ自分の寝顔を呆けたように眺める。そして数分後。次第に頭は冴えてきて。

「……ええっ!!?な、何、どういう事?」

 飛び上がる。

 そう、葵は文字通り飛び上がった。そして四本足で着地。

 その時に自分の手足の異常に気付く。すぐ目の前、自分の手、そこには猫の前足がある。

 葵が自分の右手を動かすように意思を発すると、この猫の右前足が反応する。

 いつもより高く見えるベッドの段差。いつもより大きく見える机。いつもより大きく見える部屋の中。

 そんな事を観察するより先に。

 葵はベッドから飛び降り、机の上へと飛び乗る。そして机に置かれた鏡に映るのは……

「……ミタマだ……」

 鏡に映るのは愛猫のミタマであった。

 反射的にベッドを振り返る葵。そこには自分が寝ている。

 つまり葵はミタマになってしまった……そう解釈した瞬間にミタマ姿の葵は……

「ギャニャァァァァッ!!」

 叫んだ。

 その途端だった。

「姉ちゃんっ」

 部屋のドアが開けられた。それは弟の隆であった。

「あれ……姉ちゃん?寝てる?」

 続いて隆は机の上のミタマに気付く。

「まったく、急にお前が変な泣き声を上げるから、姉ちゃんに踏み潰されたのかと思ったぞ」

 隆がミタマを抱き上げようとした、その時。

「隆〜」

 ミタマが喋った。

 そう解釈した瞬間に隆は……

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 やっぱり叫んだ。



 今、居間で向かい合う隆とミタマ……の姿をした葵。

「ミタマ?」

「お姉ちゃんよ。私は隆の姉の葵」

 それはハッキリとミタマの口から告げられた。間違いなくミタマが喋っている。

「じゃ、じゃあ、姉ちゃんに質問。本当に姉ちゃんなら答えられるはず」

「にゃ」

 隆の言葉にミタマ姿の葵が頷く。

「……」

「なに?」

「いや何でもない……じゃあ、まず好きな食べ物は?」

「ユッケとレバ刺し」

「……この時点で既に姉ちゃんだ……次の質問。好きなプロレスラーは?」

「本田多聞」

「即答か……次。好きなサッカー選手は?」

「アルバロ・レコバ」

「姉ちゃんが集めている物と言えば?」

「ギザ10」

「……好きな歌手は?」

「海綿体!!じゃなくて海援隊」

「そういう下ネタとかいらないから」

「ごめん。つい」

「でも本当に姉ちゃんなんだね?」

「だから言ってるでしょ」

「つまりミタマの体をしているけど中身は姉ちゃん……なんか原因がある……のかどうか分かるわけないか」

「昨日、寝る前に『私がミタマだったら』なんては言ったけど……」

「言った事が叶うなら、世の中は幸せな人だらけだよ……でもこの状態からして異常だからそれが原因じゃないとは言えないしなぁ」

「つまり今日寝る時に『元に戻りたい』と願いながら寝れば元に戻れるとか?」

「さぁ。そもそも人間と猫の中身が入れ替わるなんて事ありえないんだから。どうすれば良いか俺だって分からないよ」

「……戻れるかどうか分からないけど、取り合えず今日夜寝る時に戻れるように祈りながら寝てみる」

「父さんと母さんがいない時で助かったよ」

 只今、両親旅行中。

「そうね。お母さんなんか倒れちゃいそだもん。よし、今日はこのまま様子見ね。隆、今日は学校休みなさい」

「えぇ〜皆勤賞なんだけど俺……なんて言ってる場合じゃないか。分かった。でも問題はミタマの方だよな」

「私がミタマの姿って事は……私の体の中にはミタマが入ってるよね」

「ちょっと見てくるよ」

「お願い」

 隆が居間を出ると同時に葵は大きなため息を吐いた。

 葵の中身が入ったせいだろうか。この猫の体でありながら喋る事が出来る。そして二足歩行も出来る。

 葵は立ち上がってみた。

「これ……立ち上がる猫としてテレビとかで稼げないかな?」

 それどころではない話なのだが。

「……よっと」

 踊ってみる。

「ニャニャンがニャンと」

「ね、姉ちゃん?」

「りゅ、隆?」

「姉ちゃ、じゃなくてミタマが起きそうだけど?」




  (つづく)  


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