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みたまちぇんじ
第3話
text 山本桐生 / Illust 玉倉かほ



 春江野隆とはどういう人物か?

 やはり姉と同じ両親を持つだけの事はある。

 彼に好意を持つ女子も少なくない。容姿はもちろんの事、その中学生にしては落ち着いた雰囲気。

 姉が少し飛んでいるせいか、非常に面倒見が良く、大人っぽい。

 告白された事も一回や二回ではないだろう。

 だがそれでも特定の彼女を作るような事は無かった。

 それは心の中に一人の女性がいたからなのだろう。

 隆自身もその事を知り、知っているからこそ心の奥底に閉じ込めるのだった。



「姉ちゃん……流血しているんだけど」

 隆の顔。猫の爪痕が上から下へと深く刻まれていた。

「隆がお姉ちゃんにエッチな事をしようとするからでしょ。まぁ、年頃だから分からなくもないけど」

「だから違うって言ってるだろ!!」

「姉弟じゃいくら何でもマズイでしょ」

「……」

 空白。

「隆?」

「だぁ〜かぁ〜らぁ、さっきミタマが寝る前に『服は邪魔だから脱がせてもらうわ』って言ってただろ!!」

「あはは。ちゃんと聞いてたよ。ちょっとからかっただけだって」

 そう言って葵は笑った。それに対し隆は大きなため息を吐く。

 そして数時間後。

「少し表に出たいわ」

 全裸の葵でもあるミタマが姿を現す。

「ちょっとミタマ!!服を着てから降りて来なさいよ!!それと隆、見るなぁ!!」

「ご、ごめん!!」

 隆はとっさに顔を背ける……が、チラチラと様子をうかがってしまうのが悲しい。

「私も服を着たいのだけども。着方が良く分からないのよね。葵も手伝ってもらえるかしら?」



 そろそろ日が暮れる。

「だから散歩をしたいのよ」

 と同じ事をミタマは何度も繰り返す。

「私も一緒に行くから平気じゃない?」

 一日中家に居て葵も暇なのだろう。ミタマの言葉に便乗する。

 そして繰り返す隆の返答も同じもの。

「もう少しだから我慢しろって」

 隆にとっては当然の返事。

 何が、どんなトラブルが起こるか分からない。と言うか、今のこの二人を行かせたら絶対に何かを起こす。

 今日一日だけ我慢すれば良いのだから。

「仕方ないわね」

 言ってミタマは立ち上がった。

「どこに行くんだ?」

「女性にそんな事を聞くなんて失礼だわ」

 隆の問いにミタマは小さく笑う。そして居間を出る。

「姉ちゃん。ミタマはどこでトイレをするんだろうな?」

 人間用トイレを使うのか、猫用トイレを使うのか。

「さぁ……」

 葵は猫用トイレにしゃがみ込む自分の姿を想像した。

「ちょっと私、様子を見てくる」

 そう言って葵も居間を出る。そして数秒後。

「隆!!」

「なにっ?どうした!!?」

「ミタマが居ない!!」

「いない!!?」

「玄関が開いてる、逃げたの!!」

 ミタマ、まんまと逃げ出していた。



 当の本人。

「一日中家の中に閉じ込められるなんて耐えられないわ」

 ブラブラと散歩を始めるのだった。

 いつもと同じ散歩コース。だけど世界が違う。それは目線の高さだけじゃない。

 自分が猫であった時には何かを感じる事も、何かを考える事も無かった。

 ただ散歩をしているだけ。

 だか人の姿になったせいだろう。目に映るモノ、体に感じるコト、全てに様々な思考と感情が浮かび上がる。

 吸い込む空気に甘い匂いを感じて花を見付ける。そしてその色の鮮やかさに感動する。

 肌をなでる柔らかい風。その風はどこから送られるのかを不思議に感じる。

 見上げる夕方の空。赤と黒が混じる空に手を伸ばし、どこまで伸ばせばそこに届くのかを考える。

 この自分を取り巻く世界に興味は尽きない。

 これが、人間なのか。

 なんて楽しいのだろう!!

 世界を楽しめるのは人だけの特権なのかも知れない。

 だからいつもより散歩に時間を掛けてしまう。今日という限られた時間の中なのだから。

 だがミタマにはやる事がある。そして伝えたい事も。

 このまま散歩だけというわけにはいかない。

「さて」

 ミタマが向かった先。それは我が家ではなく、その隣。『観倉』と書かれた表札。

 それは葵が恋するお隣の同級生。観倉友昭の家であった。

 この時間なら友昭もいるはず。ミタマは微笑む。

「この体を使わせてもらったお礼を葵にしてあげないといけないわね」



 一方の葵と隆は。

「隆、いた!!?」

 葵の言葉に隆は首を横に振る。取り合えず近辺を探して見たが、ミタマは見付からない。

 もう諦めてミタマが散歩から戻るのを待つべきか。

 しかし見た目は猫耳と尻尾を付けた葵。そんなコスプレチックな姿を、やっぱり晒し続けるワケにはいかない。

 学校のクラスメイトに見付かったら何を言われるか……

「ねぇ、姉ちゃん。もしかして観倉さんとトコじゃないか?」

「ありえるかも……いつも遊んでもらっているみたいだし……」

 なんて事で、ミタマが観倉家を訪れた数十分後に二人も観倉家へ向かう。

 そして案の定。

 ミタマは居た。友昭の部屋に。そして友昭を……ペロペロ……舐めていた。

 友昭を押し倒したような光景。その体の上に馬乗りになり、ミタマは友昭の顔を舐めていたのだ。

「あら二人とも」

 振り向いたミタマ。

 固まる葵と隆。そして同じく硬直していた友昭。

 猫耳と尻尾を付けている上、いつもと様子が違う葵に舐められるという急襲を受け、友昭の思考回路はショート。魂が抜けたように呆ける。

「な、なな、何をやっているの?」

 葵は震える声を絞り出す。

「友昭を舐めていたわ。好意の証よ」

「すいません、友昭さん。ちょっと姉ちゃん連れてきますね」

 そう言って隆は素早くミタマは羽交い絞めにした。

 言い訳する前にまずは退散。

「ちょ、ちょっと隆、やめなさい。私は葵のために……」

「では失礼します〜」

 力尽くでミタマを引き摺るように連れ出すのだった。



「言い訳は後で考えるとして……」

 隆は頭を抱えた。

 テーブルを挟む葵とミタマ。もちろん葵はご立腹である。

「ミタマ。なんであんな事をしたのよ?」

 猫らしくミタマは飄々と。

「どの事かしら?勝手に散歩へ出た事?」

「違う!!友昭くんをグッショリになるぐらいに舐めていた事よ!!」

「ああ、その事」

「『ああ』じゃない!!舐めたのが顔だから良かったものの、違う所だったらただの痴女じゃないの!!」

 微妙に下ネタを入れるのが葵らしいが。

「いや、姉ちゃん、問題がビックリするくらいズレてるから」

 しっかりと隆はツッコミを入れる。

「とにかく何であんな事をしたのよ!!?」

「葵のための行動だったのだけれど、少し失敗したみたいね」

「私の?」

「本当はあんな事をするつもりは無かったの。ただ私が猫だからね。思わず舐めてしまったのよ。そこは謝るわ。ごめんなさい」

「じゃあ、本当はどんなつもりで友昭くんの所に行ったの?」

「葵の代わりに告白してあげようと思って」

「……」「……」

 葵も隆も、そのミタマの言葉を頭の中で反芻する。

 葵が友昭に告白するべき事。

 隆も葵が友昭に好意を持っているのは知っている。つまり考えられる告白とは……

 ミタマは言葉を続ける。

「『私と子供を作って下さい』ってね」

 それを聞いた葵と隆は……吹いた。



 
  (つづく)  


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