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みたまちぇんじ
第4話
text 山本桐生 / Illust 玉倉かほ



「『私と子供を作って下さい』ってね」

「グハッ!!」「ブハッ!!」

 ミタマの言葉に葵も隆も吹き出す。

「ちっとも私のためじゃないでしょ!!」



 ミタマが猫から葵へ……人間の体になって伝えたい事がある。

 そしてその機会を作ってくれた葵に対するお礼。

 それが葵の伝えられない想いを、代わりに友昭へと伝える事だった。

 ミタマも葵が友昭に好意を持っているのは知っている。いつもベッドの上で聞かされるのだから。

 だからミタマは行動をしたのだが。



「と、途中に色々と省略されてないか?」

「そうかしら?」

 隆の言葉にミタマは首を傾げる。

 結果として葵と友昭が最終的にそうなる可能性だってあるだろう。

 だがそれは恋人同士ですらない葵がするような告白ではない。

「行為ではなく『好き』という気持ちだけを伝えた方が良かったのね?」

 ミタマは言うが、葵にとってはそういう問題ではない。

「余計な事をしないで!!自分の気持ちくらい自分で伝えるんだから!!」

 そんな葵をミタマはスッと見詰めた。

「いつ?」

 そして静かに問う。

「『いつ』って、そんなのいつだって良いでしょう?そのうちよ」

「『そのうち』なんて日が必ず来ると思っているの?」

「なっ……」

 思わず葵は言葉を失ってしまう。ミタマの言葉が何故か心に突き刺さった。

 そのうち好きって告白しよう……葵はいつからそう考えていたのだろう。明日、また明日と。

「伝える事の出来る想い。そして伝えられない想いがあるわ」

 言いながらミタマはチラッと隆に視線を向けた。隆はただ黙ってその視線を受ける。

「猫だった私には想いを伝える術が無かったけれど、人になる事でそれが可能になった。でもそれも明日になれば元に戻る。葵、隆、私にはこの一日だけなのよ。あなた達二人に想いを伝える事が出来るのは」

「……」

「だから葵。あなたも伝えるべき想いがあるのなら逃げないで。『そのうち』なんて永遠に続くものでは無いのだから」

「……ミタマ?」

「なに?」

「本当に猫なの?」

 葵の言葉にミタマは柔らかく微笑んだ。

「明日には普通の猫。ミタマに戻るわ」

「なぁ……ミタマ。お前自身の伝えたい事って何なんだ?」

 隆が言う。まだミタマ自身の想いを聞いていない。

 何を伝えるためにミタマは人間の姿を望んだのか。

「それはね」

「それは?」

 葵も身を乗り出す。

「それは……私のご飯に入れるカリカリの硬いの。あれ少なめでお願いしたいのよ」

「……はぁ?」

 ミタマのエサには猫缶を使うと同時に、ドライフードも与えている。その事なのだろうか……

 ミタマは続ける。

「もちろん柔らかいのばかりでは飽きるから、ありがたいのだけども、やっぱり硬いのよりは柔らかいご飯の方が好きなのよね」

 隆の言葉を代弁するように葵は言う。

「そ、そんな事?」

「人間と違う私にとって、猫にとっては『食べる、寝る、遊ぶ』が全てなのよ。重要な事なの」

 そう。それを伝えるためにミタマは人間になる事を望んだのだ。

 一瞬にして葵、隆の体から力が抜ける。

 その二人をミタマは不思議そうに見て……

「どうしたの?」



 長かったような、そして短かったような一日が終わる。

 明日になれば元通りになれるのだろうか。

 葵とミタマはベッドの上にいた。

「ねぇ、ミタマ……明日になったらミタマは普通の猫に戻るのかな?」

「だと思うけど」

「じゃあ、こうやって話したりも出来なくなるんだね」

「それが普通よ」

 ミタマは小さく笑った。

「……」

「葵」

「ん?」

「私は幸せよ……ねぇ、私を拾ってくれてありがとう」

「なに、急に?」

「隆にも伝えて……『名前をありがとう』って」

「……私を泣かせようとしてるんじゃないでしょうね?」

「私は明日になったら普通の猫に戻る。そうしたらこの気持ちも覚えていないかも知れない。だから伝えられる時に伝えるのよ」

ミタマは、自分が猫だという事を分かっている。そして猫がそこまで複雑な感情と知恵を持っていない事も。

 だからこれが最後。



 サヨウナラダワ、アオイ、リュウ



 どれくらいミタマと話をしていたのだろうか。いつの間にか寝てしまっていた。

 そして葵が目を覚ますと……

「……」

 上半身を起こし、自らの手を見る葵。そこにあるのは人間の手。

 頭を触っても、お尻を触っても、そこに猫耳と尻尾は無い。

 元に戻っている。葵は葵の体へと。それは喜ぶべき事なのだが……

 布団の上でミタマは丸くなる。

「ミタマ?」

 葵はミタマの体にそっと触れ、呼び掛けてみる。

 するとミタマは反応して顔だけをゆっくりと起こした。そして眠そうな目で葵を見詰めると……また再び寝てしまう。

「もう……ミタマはミタマなんだね」

 もうあのミタマには会えないのだろう。

 あんな奇跡はもう起こらないだろうから。



 いつも通りの朝だった。

「姉ちゃん?」

 起きてきた葵の姿を見て、隆は疑問系で呼んでみる。

「大丈夫。ちゃんと私だから。元に戻ったみたい」

「ミタマは?」

「ミタマも」

「にゃぁ〜ん」

 ミタマもトコトコと居間に入り、隆の足に体を擦り寄せる。

「……」

 隆はその体を撫でる。

「……『名前をありがとう』だって。ミタマから」

「そっか……」

 隆に撫でられ、ミタマはのどをゴロゴロと鳴らす。そこにあるのはいつもと変わらないミタマの姿だった。

 そしてその日のミタマのエサはカリカリのドライフード少なめである。



 それからほんの数日後のある日。

 テレビを見る隆のひざの上にはミタマ。そこに葵が飛び込んでくる。

 やっぱり姉弟。隆はその葵の表情の違いにすぐ気付く。

「どうしたんだよ、姉ちゃん。なんか良い事でもあった?」

「何、聞きたい?」

 嬉しそうに笑う葵に、隆は嫌な予感を感じていた。

「私、友昭くんと付き合う事になった」

「……良かったね」

「あれ、不機嫌そうな顔して。お姉ちゃんに彼氏が出来て羨ましい?」

「別に」

「これもミタマのおかげだね」

 そう言って葵はミタマを撫でる。

「気持ち良さそうに寝てるんだから止めろって」

「って事でさっそく初デートってヤツに行ってくるからね」

「はいはい、行ってらっしゃい」

 本当に弾むような足取りの葵を隆は見送る。

 葵は伝えたい想いを伝え、そして望むような結果を得た。

 だが隆は伝える術はあっても、それを実行する事は出来ない。

 葵は実の姉なのだから。だからこれからも気持ちを吐き出す事は無いだろう。

 先ほど葵に撫でられたせいだろうか。ミタマが目を覚ます。そして隆の顔を見上げた。

「……伝えられない想い……か」

 小さく言う隆にミタマは何も答えず、そのひざから飛び降りた。もう喋る事も無い。

 だが一言。

「にゃぁ〜」

 
  (おわり)  


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