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虹色ミッション 第1話
text こみやま蘭子 / Illust 博海城
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夕焼けが病棟の窓を真っ赤に染めていた。僕はナースのマリーと向き合い、病室に佇んでいた。
マリーに近づき、そっと指を伸ばして彼女の眼鏡をはずす。マリーは頬を赤らめ、僕のカルテを床に落とした。
「キス、してもいいですか?」
彼女は一瞬戸惑ったような表情を浮かべ横を向いたが、やがて、その桜の花びらのような小さく薄い桃色の唇を突き出し、目を閉じた。
マリー。決して消えることのない、ここでの最後の思い出を…そう、僕には時間がないのだ。
だが、次の瞬間。
病院を包む柔らかな静寂をつんざいて、ゴォーと爆音が響いた。バリバリと空を切るローター音。窓の外に、真っ黒なヘリコプターが姿を現した。
僕はため息をつき、硬直してしまったマリーを離れて、窓を開けた。
ヘリからは金髪の男が顔を出し、ニヤニヤしながら何か叫んでいる。長い縄梯子が放たれ、ヘリは上昇して梯子を窓辺に近づけた。
「ちぇっ! いいとこだったのに…もうお迎えですか」
僕はマリーを振り返って、微笑んだ。
「ごめんね。僕行くよ。もうここでの任務は終わったみたい。じゃあねバイバイ」
窓を開けて、縄梯子に飛び乗った。ヘリは方向を変え、腰を抜かしてしまったマリーを残して病院をあとにした。
「ナースのお姉さまとキスなんて、10年早いよ、チェリーボーイ♪」
機内に乗り込むと、金髪イケメン男・カールが肩をポンと叩いて笑った。パジャマを脱ぎながら、苦笑いで僕も切り返す。
「カールちゃんのいけず〜! 僕もう17歳になったのにぃ〜」
「あの病院の臓器売買は今朝おまえに送ってもらったデータで立証できるそうだ…ってことで、撤収で〜す」
「はいはい心臓の悪い薄幸少年≠フ役は終わりね。でも、やけにお迎え早いじゃん?」
「まあね。すご腕エージェント・ルックさんには、さっそく次のお仕事です」
「あーあ、やっぱり」
ヘリが着いたのは、僕が所属する『OSMYカンパニー』東京支部。
OSMYは、各国政府・国連や、NASAまでを顧客に持つ、世界最大最強のエージェント機関だ。ちなみに、「OSMY」とは、日本語の「おいしい仕事待ってるよん」の略だそうだ…アホだ。だが、このアホっぷりを知って知らずか、クライアントは増える一方。
そんな名称を思いついた日本びいきのアホ…カンパニー代表のクランキー伯爵が来日していて、僕は次の任務のため伯爵の部屋に呼びつけられた。
白くたっぷり蓄えた髭をいじりながら、クランキー伯爵は金庫からジュエリーボックスを取り出した。開くと、大きな漆黒の宝石がまばゆい光を放っていた。
伯爵はいつものように、鋭い眼光…もとい、甘い視線 を放ちながら、
「黒い恋人$「界最大のブラックダイヤよ。その昔、楊貴妃やクレオパトラやマリーアントワネットを渡り歩いた代物。値段は今じゃ天井知らず。ゾクゾクしちゃう〜」
と、いつものおねぇ言葉で話し始める。
あいかわらずキモい。
「ふーん、すごいね」
「でねでね、今回これがイギリスの大英博物館に飾られることになったのぅ〜」
「それを送り届けるのが、僕のお仕事?」
「ノンノン、運ぶのは今度うちに入った新人エージェント。ルックちゃんには、その子を補佐していただきたいの」
「補佐?! 新人だって?」
僕は、OSMYでもトップクラスの実力を持つ最年少エージェントだ。有能なメンバーに授与される『OSMY超デリシャス賞』を15のときから3年連続で獲得している。その僕がメインをはずれ、補佐に回るだって?
「新人のおもりなんてお断りだね。僕が一人でやる。いいだろ?」
「あらまぁ〜いつもながら頼もしいのねぃ、ルックちゃん。でも新人って言ってもねーなんと、あなたより五つも年上のお姉さまよ」
「お姉さま?!」
僕はピクッと反応した。僕の好みをよく知っているクランキーは目を見開いて、
「お姉さまと二人よぅ…おいしいでしょ? まさに、OSよっ!」
そのとき、扉が開き、カールが一人の女の子を連れて入ってきた。息を呑んだ。
「その子よ」
オーマイガッ! 現れた子は、とても年上には見えない、可憐で清潔感あふれる美少女だった。ナースのマリーより、その前の任務でひっかけた石油王の娘・ビスコより、その前の前のハリウッド女優・ミルキーより、ずっとずっと美しい! 大きなグレーの瞳。透けるように白い肌。栗色のツインテールを揺らしながら、小鳥のようにささやいた。
「ルックさまですね?お目にかかれて光栄です。はじめまして、チェルシーです」
その微笑みに、僕は心臓を射抜かれた。かわゆいっっ! なのに年上だって?
次の瞬間、僕は彼女の手を握り、一気にまくしたてていた。
「チェルシーさんっ! 大丈夫! 大船に乗ったつもりで! 僕が命をかけて、あなたを守りますっ」
カールがあきれ顔で
「守るのは宝石だろうが!」
「有名なルックさまにそう言っていただけて、本当にうれしい…」
チェルシーは目を潤ませてそう言った。僕は放心状態。骨までグニャグニャになりそう。
「だが、チェルシーはこう見えてすごい実力者だよ。カンパニーでも稀有の存在だ。おまえの方が引っ張られるかもな」
カールがいつものニヤニヤ顔でそう言った。クランキー伯爵もフフンと笑って、
「まあ、いずれわかるわよ。じゃあ、引き受けてくれるのね、ルックちゃん」
「もっちろんです」
僕は鼻息を荒げ、ぶんぶん首を縦に振った。
「じゃあ、手順を説明するわ」
黒い恋人≠フ存在は世界中で暗躍する犯罪組織『デスパスタ』に知れ渡ってしまい、今回の移送中に強奪される危険性が高くなっているという。現に、デスパスタ屈指の刺客・ペペ・ロン・チーノ三姉妹が放たれた…という情報が入っていた。チャーター機などで運ぶのはかえって目立つので、僕とチェルシーがカップルを装い、学生の貧乏旅行という体裁でロンドンに飛ぶという段取り。
「大学生の恋人同士かぁ〜」
僕の妄想は膨らむばかり。しかし、三姉妹をあなどっては大変なことになる。そもそも、一般人を装うのであれば、武器など十分な装備は不可能だ。
「その点は大丈夫。エックス線もレーダーも通さない特殊なリュックに、武器などを入れて持ち込む。チェルシーが黒い恋人を入れたウェストポーチを、ルックにこちらの七つ道具入りリュックを持ってもらう」
カールはそう言いながら、チェルシーに赤いタータンチェックのポーチを、僕に青い大きなリュックサックを手渡した。クランキー伯爵は軽く投げキッスしながら、「頼んだわよぅ〜」と、声を躍らせた。
僕とチェルシーは、タクシーで空港に向かった。車内でも、僕はチェルシーの横顔を見つめ、何度もため息をもらした。やがて、チェルシーはおずおずと口を開いた。
「あの、ルックさま、実は…」
「ルックでいいよ、チェルシー」
「ルック…さま…私には、重大な秘密があるんです」
「重大なハチミツ?」
ハート目のまま、首をかしげて聞き返した。
「私…IQ200以上ある天才的な頭脳を持っていて、同時に、拳法の達人で、射撃もすごくうまくて…つまり、身体能力も超人的です」
「すごいじゃん! 戦う君もまたかわいいだろうなぁ〜で、それが君のハチミツ?」
「いえ、違うんです。大きな問題が…」
突然大きな音がして、タクシーはガクッとバランスを崩したように傾いた。
パンクか? いや、その前に聴こえたのは…
じいさんの運転手が雄叫びを上げる。
「うわぁぁ!!! 後ろぉぉぉ!」
振り返ると、いつのまにか後ろに接近していた黒塗りの車から、一人の白人の女が身を乗り出して長い銃を構えていた。
「おーほっほ! デスパスタのペペさま、見参よぅ!」
運転手は、ふぅーと気を失ってしまった。 タクシーは壁に突っ込みそうになった。慌てて前の座席に飛び移り、ハンドルを持った。
ペペは緑色に光るオカッパ頭を振り回し、高らかに笑った。首から下は黄緑色の全身タイツスーツを装着し、どこで作らせたのか、同じ色の派手なライフルを携えている。全身まるでキャベツかレタスだ。
すると、後部座席から、聞いたこともないハスキーな女の声がした。
「バカにしてんのか、あの女! 全身タイツでコントでも始める気?」
「え?」
チェルシー?
−−−つづく .
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