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虹色ミッション
第2話
text こみやま蘭子 / Illust 博海城


 ミラー越しにチェルシーを見ると、そこでは見知らぬ女が、僕の青いリュックからパーツを手早く取り出して、バズーカ砲を組み立てている最中だった。

 女は赤い髪のベリーショートで、洋服の色もチェルシーが着ていた白いワンピースとは違っていた。深紅の皮つなぎをまとっているのだ。しかもすごくグラマラス! 野菜色のペペより数倍強そうで、かっこいい。

 しかし…

「あんた誰?! チェルシーは?!」

「はんっ! アタシがチェルシーよ。もっとも、こういう時は…」

 女は、タクシーの後部ガラスをバズーカで叩き割った。舞い散るガラスの破片の中で、不敵に笑いながら叫んだ。

「ガーナって名乗ってるけどね!」

 そのガーナ≠ヘ、バズーカ片手に後部のボンネットへ飛び出した。

 ペペの顔から笑いが消えた。

「ルック、このまま走って! 後ろはアタシがやる!」

 ガーナはボンネットの上で膝を立ててバランスを取り、バズーカを構えた。僕は目を回しているじいさん運転手を足で退け、ハンドルを握りなおした。車が高速の側壁に激突しないよう必死でさばく。

「ねぇアンタ、なんでこのタクシーだってわかったのさ?どこまで知ってんの?」

 ガーナの問いかけに、ペペは叫んで答えた。

「さあね〜」

 ペペはライフルを続けざまにぶっ放したが、ひょいひょいと軽くよけるガーナ。流れ弾が、サイドミラーや車内の後部シートを撃ち抜いた。

「あ・そ。教えてくれないならアンタに用はない。このまま散ってもらうわよ。ペペさん」

 狙いを定めるガーナ。だが、タクシーは蛇行している。不安定で、普通なら到底、照準は定まらないはず。が、

「撃てるものなら、撃ってごらんなさ…」

 ペペが言い終わらないうちに、ズドーン!!! バズーカは火を噴き、後ろの車は炎上。ペペは本当に車ごと散ってしまった。

「あは…あはははは〜」

 僕は涙目になりながら、ハンドルを持ちつづけた。



 その頃、タクシーが襲われた件はいち早くカールとクランキー伯爵に伝えられていた。

「チェルシーちゃん、さっそく本領発揮ね」

「しかし伯爵、さっそく襲われたなんて、このままでは無事ロンドンにたどり着けるかどうか…」

「大丈夫よぅ〜心配性ねぇ、カールちゃん。なんとかなるわよ」

 頭を抱えるカール。

「なんとかって…」

 

 僕たちは搭乗手続きを終え、空港のロビーに座っていた。赤毛のガーナは消え、いつのまにか栗毛ツインテールでグレーの瞳のチェルシーに戻っていた。うつむきながら、消え入りそうにつぶやいた。

「驚いたでしょう? あれが私の秘密…」

「うん、驚いた」

「ガーナが出てくると、変身っていうか、髪や洋服まで変わってしまうんです。奥にはチェルシーの意識もちゃんとあるのだけど、勇ましいガーナの性質が主導権を握って、あんなふうな行動をとるんです」

「つまり、君は二重人格…」

「いえ…他にも…」

「ああそういえば、IQがなんとか言ってたね。それも別人格?」

「ええ、そのときはクールミント≠チて名乗ります」

 カールが言っていた『カンパニーでも稀有な存在』という言葉の意味が、やっとわかった。

 だからって…それが何だ?

 任務遂行あたって、これほど心強いことはないし、ガーナという人格もかっこよくて凛々しくて、頼りになる姉御って感じでイケてた。僕は、実は…そういうタイプにも弱い。なにしろ、基本形はチェルシー。クールミント≠セって期待大だ。

 

 空港でも僕たちはあたりを警戒しながら行動したが、誰からも襲われず、また青いリュックのおかげで誰からも怪しまれることなく無事搭乗し、30分後には離陸した。久しぶりに乗るエコノミー席は窮屈だったが、チェルシーと密着できて嬉しい。彼女はキャビンアテンダントに毛布を借り、横になって目を閉じた。腰元には、黒い恋人入りのウェストポーチがしっかりと留められている。

 僕が雑誌をめくっていると、やがて乗務員たちがバタバタとあわただしく動き始めた。ふと顔をあげて見やると、トイレのあたりで何か騒動が起きているようだった。

 席に座ったまま、意識を集中させて人々の話し声を盗み聞きした。僕は、動物並みの超人的な聴覚と嗅覚を持っている。この任務ではこれまでいいとこなしだったが、やっと力を使う時が来た。見てて、チェルシー。

 トイレで不審物が発見されたようだ。カバンの中に小さな箱型の機械が入っていて、それはどう見ても小型の爆弾。本物か偽物かも大問題だが、何より乗客に知れれば大パニックになるだろう。なんとかしなくては…そんな会話が飛び交っていた。

「これ、カバンの中に入ってました」

 そう言いながら、男の乗務員が上司と思しき紳士に何かを見せている気配。それは難解な記号が並んでいるメモ、記号は古代文字に似ている、誰も解読できない…と騒いでいる。

 僕は席を立つとトイレ前に行き、乗務員の中に割って入った。

「ちょっと見せてください。僕、大学で考古学を専攻してるので読めるかも…」

 よく見るとそれは、諜報活動に携わる特殊な人種だけが使えるスパイシー≠ニいう文字列だった。そして案の定、

『OSMYのエージェントへ』

と、始まっていた。僕はため息をついた。

『これは爆弾です。コンピューターによる遠隔操作で爆発させることができます。死にたくなかったら、また、他の乗客を巻き込みたくなかったら、この飛行機を太平洋上の孤島・スカイラークに着陸させ、黒い恋人を置いて、あなたたちはすぐ飛行機を降りてください。再び離陸し、機内で黒い恋人を確認できたら、起爆装置を解除します』

 そこまで黙読し終わった瞬間、後ろから来た人影がさっとメモを奪い、件のカバンの方へ颯爽と進んでいった。

 メモを奪ったのは女だった。目の覚めるような青色スーツ姿。小脇にノートパソコンを抱え、やり手秘書や若い女実業家という風貌。スリットの入ったタイトスカートから長く白い足がすっくと伸びていた。髪は、プラチナブロンドを高いところで一つに束ねたアップヘアー。

 乗務員たちは騒然となった。が、青い女は、サッとカバンを開きながら、皆を制するように低く静かな声で言った。 

「みんな落ち着いて。本物の爆弾のようですが、心配はいりません。爆弾の型はずいぶん古いもの。私が5分で解体し、遠隔操作の回線も切ることができます」

 ふと彼女の腰元を見て、鳥肌が立った。青いスーツ上着の影に、不釣合いな真っ赤なタータンチェックのポーチが。

 はやる胸を押さえて彼女に近づき、耳元で、

「あの、まさかあなたは…」

 すると彼女は小声で「コードネームはクールミント。最後まで、他人のフリしてちょうだいね」と囁き、すかさず

「おりこうにしてたら、こ褒美たっぷりあげるわよ、チェリーボーイ」

と、低くつぶやいた。

 ああ、おねぇさまぁぁぁ〜!!! プッと鼻血を噴出し、僕はあわてて現場を離れた。

 クールミントはパソコンを開き、キーを叩いていくつかデータを入力した。複雑な数式がズラリと出てきたが、彼女はそこから瞬く間に装置のしくみを割り出せたようで、迷いもなくバチバチと線にはさみを入れた。そして、本当にものの5分で爆弾を解体してしまったのである。乗務員の間から歓声が上がった。解体は僕もできるが、こんなに手の早いエージェントに会ったのは初めて。

「メモは古代文字に似せたデタラメで、無意味です。新手のテロでしょう。もう心配はいりませんから、乗客の混乱を避けるためにもこのままロンドンへ向かってください」

 そんなふうに以降の行動をテキパキと指示するクールミント。名前のとおり、本当にクールビューティ! 

 乗務員たちは全員、おねぇさまの話に直立不動で頷いた。クールミントはさっと手を上げメモを握りつぶすと、風のように去っていった。

 青服のプラチナブロンドの姿は、それっきり幻のように消えた。乗務員たちはキツネにつままれたような顔で、右往左往していた。



 一段落して自分の席に戻ると、チェルシーが頬を赤らめて僕を見つめていた。彼女は調子が悪そうに、上ずった声で言った。

「クールミントが言ってます。『まだ油断はできないわ。機内にデスパスタが紛れているはずだから、このあとも厳戒態勢でのぞむこと』…って」

「アイアイサー!」



 だが、休息はつかの間…機内食が配られたとき、第3の襲撃が起こった。



  −−−つづく


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