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虹色ミッションU 〜漆黒の花嫁〜
第1話
text こみやま蘭子 / Illust 博海城



 初夏の風が吹きぬける丘の上。チェルシーは、僕の横にちょこんと座って、歌を唄っていた。どこかで聞いたことのあるような歌。切なく寂しい感じがノスタルジーをかきたてる、とても綺麗なメロディだ。

 Je crois entendre encore,
 Cache sous les palmiers,
 Sa voix tendre et sonore
 Comme un chant de ramier

「外国の民謡? フランス語かな?」

「ビゼーのオペラ真珠とり≠ノ出てくる歌です。耳に残るは君の歌声≠ニいうタイトルの…」

「フランス語苦手だから意味はわからないけど、タイトル素敵だねぇ〜耳に残るは君の歌声≠ゥ」

「そうですね、私も大好きなんです」

 何度も何度もくり返して唄ってもらった。胸に響く美しい旋律。そして、チェルシーの澄んだ声。まさに曲名そのまま、僕の耳にも彼女の歌声がいつまでも残っていた。



 彼女に別れを告げられたのは、それから1ケ月ほど経った夏の日だった。

 

 9月になった。僕は新しい相棒・チロルと、大西洋に浮かぶ小さな島『ハーブ王国』にいた。

 この国で一番大きいというハーブ農園を探しながら、クランキー伯爵とカールから告げられた任務を頭の中で反芻していた。

 ハーブ王国は、この国でしか育たない『パール』という珍しいハーブの産地。数ヶ月前、ある研究チームが【パールに全世界を席巻している新型ウイルス『M.O.N.A.』を抑制する効果がある】と発表した。

「でもね、ああ〜残念なことに、国王のカモミールが病に倒れ、どこからともなく現れたゴディバという女が国王を誘惑し、実権を握っちゃったの。近いうちに国王とゴディバの婚礼が執り行われる予定なのよっ! 正式に王妃になっちゃったら大変よぅぅ〜」

 クランキーは仰々しく嘆いてみせた。同席していたチロルが尋ねた。

「その女になにか問題が?」

「だってぇー…その女のバックに、シンジケート『メイジ』がついてるみたいなのよ」

 カールが続ける。

「メイジの幹部・プッカとアポロの二人が、ゴディバの側近としてハーブ王国に滞在している。メイジはパールを独占して値を吊り上げ、一儲けするつもりだろう。カモミール国王も当初は積極的に協力していたのに、ゴディバが現れてからは国外にパールを持ち出すことを禁止し、どんな説得にも応じないというんだ」

 クランキーがハンカチで目頭を押さえながら、

「世界中の小さな子どもたちが、次々にM.O.N.A.の犠牲になっているのにぃ! とにかく、一刻も早くゴディバとメイジをつぶすのが私たちの任務なの」

「わかりました、伯爵! 私とルックで必ずやります!」

「ありがとうー! チロルちゃん!」

 チロルの手をとるウルウル眼のクランキーをよそに、カールは僕につぶやいた。

「元気ないな…チェルシーのことか? ふられたって聞いたぞ。大丈夫か?」

 もう大丈夫だよ…そう返事をしようとすると、チロルがさえぎった。

「私がルックを支えます! あんな無能な娘より、私の方が頼りになるんだから!」

「チロル、チェルシーは無能じゃないよ。彼女はすごいエージェントだよ」

 カールは僕を気遣いながら、少し困ったように言った。でも、彼女の力を知っているのはOSMYでもほんの一握りの人間だから、チロルのように言う人もたくさんいる。

 チロルは活発でボーイッシュでかわいい女の子。チェルシーとコンビ解消した僕の新しい相棒になりたいと、カールに頼み込んだらしい。

 いつもの僕なら悪い気はしないのに。

 ハーブ農園に向かう道中も、僕の腕に手を回し甘ったるい声で言う。

「嬉しいなぁ〜ルックとこうして組めるなんて」

 僕が知らん顔していると、少しムッとした表情で、また言う。

「嬉しいわぁ〜ルックちゃんとこうして組めるなんて」

 2回目のは、クランキー伯爵そのもの。しゃがれた声のオカマしゃべり。

「うわぁ! だからそういうのやめろって!」

 チロルの特技は、自由自在に声をあやつること。どんな人間の声色もコピーできるし、老若男女あらゆる声を作り出せる。

 チロルは僕の正面に回ると、いきなり飛びついてキスしてきた。驚いて突き放そうとしたのに、やわらかい唇の感触が心地よく、つい力を抜いてしまった。

「前から好きだったのよ。私、本当に嬉しいの」

 チロルは頬を赤らめて言い、無邪気に駆け出した。

 

 農園にたどりつき、管理人のセイジとセシルという兄妹に会った。両親を亡くし、二人でパールを育てているという。事情を説明すると、セイジが強い口調で

「あんたたち、本当にあの女からパールを守ってくれるのか?」

「あの女…ゴディバのことね?」

 チロルの問いに、妹のセシルの方が伏目がちにつぶやいた。

「国王は慈悲深い素晴らしい人でした。なのに、あの女が現れて変わってしまいました。国民はあの女が王妃になることを悲しんでます。反対運動を起こしたグループもあったけど、みんな捕らえられてしまって…」

 その時、僕の耳に遠くからすごい勢いで走ってくる車の音が聞こえた。

「やばいぞ、敵にかぎつけられた」

 すぐに真っ黒のロールスロイスが表れ、農園に突っ込んできた。僕は兄妹を逃がし、チロルと銃を構える。

 ドアが開くと、一人の美しい女が姿を現した。長い黒髪をなびかせ、同じく黒色の細いドレスをまとっている。…ゴディバ。

 艶やかな笑みをたたえた彼女の両側には、大きな身体の黒人の男、プッカとアポロ。

「OSMYのすご腕エージェント・ルックとチロルね? ようこそ、私の国へ」

「何もかも知られてるわね」

 チロルが顔をゆがませて言った。僕は男たちを目掛けて引き金を引いたが、防弾チョッキをつけているのか弾丸ははじき返され、びくともしない。アポロが僕に飛びかかってきた。素手での応戦。巨体のくせに動きが機敏で、僕のバンチもキックも全然ヒットしない。

「きゃああー!!!」

 振り返ると、チロルがあっという間にプッカにとらえられていた。

「チロル!」

 プッカがチロルの腕をねじ上げ、彼女のこめかみに銃口を当てた。僕は力を抜いてだらんと手を下げた。

「さあアポロ、おとなしくさせてちょうだい」

 ゴディバがそう言うと、アポロが僕を袋叩きにした。チロルが僕の名を何度も呼び、やめてぇー! と叫んでいた。最後に、後頭部に一撃くらった。ゆっくりとハーブの群れに倒れこむ。薄れて行く意識の中で、思っていた。

「ああ、なんていい匂いだ」

 パールの香り? いや違う。僕の鼻の奥をくすぐるのは、かすかに漂ってくる、切なく懐かしい匂い。

 宝石『黒い恋人』をイギリスに届けた思い出深いミッション、最後に乗ったF−4ファントム。あのコックピットで、一生忘れないと誓った甘い髪の香り。

 チェルシー。僕が、君を間違えるわけがない。君を消せるわけがない。

 今、目の前でその香りを放つのは、氷の微笑をたたえる黒衣の女・ゴディバ。

 そう…ゴディバは、チェルシーの新しい人格だったのだ。


  (つづく)  

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