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ノベル・クライシス
第1章 満たされぬ者
text 嘉村健 / Illust きなりみや


「つまらない……」

 無数の本棚に囲まれる幼い少女は一冊の本を放り投げる。

 彼女を囲む本棚にある無数の小説はわずかな時間の暇つぶしにしかならない。それがつまらない小説なら尚更なのかもしれない。

 幼い少女は天井を見上げて思う。

 もっと面白い小説は無いの? 在り来たりではなく、何かドキドキさせる物語……本を出している作家なら誰でも良い。誰かいないの? 楽しませる小説を書く人……

 彼女はふと、机にある一冊の本に目が止まる。それは文庫本サイズの小説で、宮田正一郎と書かれていた。

 彼女はそれを手に取り、まじまじとその本を見つめる。

 作家、……知っているおじさん……彼の小説は哲学的でよく分からないけど。いろんな小説を書いている彼なら楽しませてくれるかもしれない……



 

「おじちゃ〜ん!」

 暗闇の中で悪魔が自分を呼ぶ声が聞こえた。そう悪魔……あれは間違いなく自分を悪夢のどん底に陥れる。

「おじちゃ〜ん。小説……見せてよ……」

 悪魔は突如、暗闇の中から幼い少女の容姿を見せつけるように迫ってくる。

 ちなみに自分はロリコンでは無いという弁解しておく。

「……ここはお前の来る所じゃない! 家に帰っていろ!」

「どうして?」

 視雨は本当に不思議そうに首を傾げる。その幼さが原因だということも知らずに……

「十二才のお前には……」

「これなに?」

 その時、視雨は床に落ちているイラストつきの文庫本に気づき、それを手に取る。

「ゆかは嫌がる少女に服を脱がさせ、メイド服を着せようとしていた」

 視雨はあろうことか、それを声に出して読んでいた。

「違うんだ視雨、それはな……」

「おじさんは変態なんだ……」

 視雨を見ると、冷たい射抜く視線。「変態」という言葉が頭の中で大きく木霊となって連呼していく。

「俺は変態じゃないんだ……変態じゃ……」



 

 そのころライトノベルがそこそこ売れているという襲撃社文庫ではとんでもない事が起こっていた。

そこでは編集達が慌しく動き回り、高速でパソコンのキーを打つ者や電話をかける者などがなぜか必死で、殺伐としていた。

 予算削減のためなのか、薄暗い編集部。そして何処からか第九が流れていた。

 デスクに座る色眼鏡をかけた中年の男は両手で肘をつき、腕を組む。その視線は何処か遠くを見ているように思えた。

「あと、何時間だ?」

 中年男は隣でパソコンを操作する女性に聞く。

「残り十時間を切りました! このままでは間に合いません!」

「Eメールは?」

「フリーメールやEメールには全く応答がありません! 不通です!」

「TEL、FAXの応答は?」

 少し離れた所で受話器を持った青年に中年は話しかける。

「編集長駄目です! 携帯や自宅の電話、およびFAXにも繋がりません! 不通です!」

「……あれを使う」

 編集長と呼ばれる男はデスクから立ち上がる。

「あれを使うのは危険です……第一まだ新人です」

 受話器を持った編集の男はなぜか顔をひきつらせる。

「奴を扱えるのは彼女しかいない」

「しかし……」

「準備をさせろ……我々には時間が無い」





「私は変態じゃない……変態じゃない……変態じゃない……」

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。

 正一郎を悪夢から目覚めさせたのはしつこいぐらいのインターホンの音だった。

「夢か……?」

 安心のつかの間、インターホンは鳴り止まず、ドアが壊れそうな勢いで、何度も叩かれる。

 正一郎はカーテンを開けて時計の針を見ると、顔をしかめる。

「まだ朝の10時過ぎか……どこのどいつだ?」

「先生いるのは分かっているんですよ! 出てきてください!」

「襲撃社か……締め切りはまだというのに何を騒いでいる」

 聞き覚えのある女性の声に溜め息をつく正一郎。

「先生! 締め切りは今日になりました! 今日中に仕上げてもらわないと困るんです」

 その言葉に正一郎は玄関に駆けつけ、チェーンロックをかけてからドアを少し開ける。

 思った通り、襲撃社編集のの童顔が隙間から覗く。

「いくらなんでもそれは横暴だろ! だいたい1週間あった〆切がどうしたらたった1日になる!」

「それは印刷所の都合とか襲撃出版社の都合とかいろいろあってしかたないんです!」

「知るか! 私が聞いた締め切りは7日間だ! それ以外は受け付けない」

 正一郎が強引にドアを閉めようとすると、亜由美はドアの隙間から強引に手を伸ばしてくる。

「先生……開けてよ……」

 その声は悲しみに打ちひしがれたように聞えるが、亜由美のフェイクに決まっている。

「くるんじゃない馬鹿者が!」

 無理に閉めようとすると、すぐに手を引っ込める。

 正一郎はそのまま鍵を閉める。

しばらくの沈黙の後、亜由美がすすり泣くような声が聞こえる。

「まさか……」

 ドアスコープから覗くと、うつむく亜由美の姿が見えた。やりすぎてしまったかと思った矢先……

 亜由美が立ち上がり、奇声を発したかと思うと、恐い形相でドアを睨む。

「開けろ!」

 亜由美の蹴りがドアに炸裂し、思わず退く正一郎。

「ついにキレてしまったか……こうなったら逃げるしかないな」

「先生……逃げちゃ駄目ですよ……」

 窓から逃げようとすると、亜由美の声が聞こえたが、そんなのは無視だ。

ちなみにここはマンションの2階だが、飛び降りてもちゃんと着地すれば怪我をする事なく逃げられるだろう。

「窓から逃げようたってそうはいきませんからね!」

窓を開けた瞬間、部屋から聞えぬはずの亜由美の声が聞こえた。

「なに!? いつの間に私の部屋に!? 何処に隠れている!?」

 部屋を見回すが、編集、亜由美の姿は何処にも確認できない。

「私はここですよ!」

 その声と共に窓ガラスを破り、宙を舞うのはメイド服を着た編集、亜由美の姿だった。

 亜由美はそのまま猫のようなしなやかさで、宙返りすると、両手のサブマシンガン、イングラムを正一郎に向けて乱射する。

 正一郎は無数の銃弾によって蜂の巣となるはずだった。だが、正一郎は咄嗟に身体を背け、イナバウアーで無数の銃弾を避けていた。

「なっ!?」

「それが襲撃のやり方か!」

 正一郎は腰からデザートイーグルを抜き、転がりながら亜由美に向けて発砲する。銃弾は2丁のイングラムに当たり、衝撃に耐え切れずに亜由美は床に落とす。

「しまっ!?」

「襲撃社のやり方もずいぶん乱暴になったものだな」

 正一郎は素早く亜由美の後ろに回りこみ、後頭部に銃口を突きつけた。


  (つづく)  


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