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ノベル・クライシス
第2章 襲撃の編集
text 嘉村健 / Illust きなりみや


「嫌ですね先生……本気になっちゃって、ほんのデモストレーションですよ」

 メイド編集、亜由美はゆっくりと首をこちらに向けて満面な笑顔を向ける。

「お前はデモストレーションに実弾を使うのか?」

 正一郎は穴だらけのフローリングに深い溜め息をつく。

「実弾な訳ないじゃないですか。特殊合成樹脂弾ですよ」

「骨ぐらい簡単に折れそうだな」

「それは……不可抗力です」

 美人の満面な笑顔なのにここまで腹が立つのはなぜだ? できることならこのまま迷うことなく引き金をひきたい。

「なぜお前はいつもメイド服なんだ? お前のおかげで私はメイドをはこびらせているというおかしな噂が立っているのだぞ!」

「そんなの言いがかりです! だいたい先生のストーカーじゃない限り、私の服装は分かりませんよ」

 銃口を突きつけられてるのにも関わらず亜由美は動じることなく膨れ面を見せる。対した度胸だ。

「知り合いから知り合いへと伝わり、編集がメイド服を着ている情報が出回る。根も葉もない噂が波紋を呼ぶんだ……服装だけでも自重しろ!」

 正一郎はデザートイーグルを腰に差す。

「嫌です……これは私のポリシーなんです」

「メイド服はどうでも良いとして……今日中に〆切を間に合わせるのは無理だ」

「はい? 大作家の正一郎先生ならできる事ですよね」

「馬鹿か! いくら大作家でも100ページを一日で書くのはどう考えても無理だろ!」

「書いてください! 今日中じゃないと無理なんです!」

 否定する正一郎に亜由美のジャブとフックが眼前に迫る。だが、正一郎はそれを読んでいたかのように身を逸らして避ける。

「それが襲撃のやり方か! 作家を労わるという事を知らんのか!」

 正一郎は正拳突きを放つが、軽々と避けられる。

「マーシャルアーツの私の動きに付いてこられるなんてさすがですね」

「だてに通信講座の空手をマスターしていない!」

 二人の拳が交錯した刹那、CDラジカセから突然、ノイズが走ったかと思うと、ラジオ番組の女司会者らしき声が聞こえる。

(ザザー……今日のお便りは襲撃社の編集長のさんからです)

「編集長だと?」

 疑問符を浮かべるような顔で亜由美を見るが、首を横に振るだけだ。

(小説はどうなった? 今からそこに行く。待っていろ……一体なんの事でしょうね……それでは海棠直樹さんからダースベー○―のテーマ曲からです)

 そのテーマ曲と共になぜかヘリの音が聞こえるのは気のせいなのだろうか? いや……気のせいではない。これは間違いなく!?

 突如、風を巻き上げて現れたのはマンションの窓に現れたのは軍用ヘリ、アパッチだった。そしてこちらに向けられたのは脅威のミサイルポッド。

「……例え世界を敵に回しても私は先生に付いて行きます」

 抱きついてくる亜由美に正一郎は優しく抱き寄せる。

「亜由美!」

 なぜこういう展開になってるかは知らないが、作家としてここは流れに乗るしかないのだろう。

「正一郎……何を戯れている?」

 アパッチから飛び出し、もう片方の窓ガラスを破って何者かが正一郎の背後に着地する。

「まさか!?」

 正一郎が振り向くと、色眼鏡に黒スーツを着た男。それは襲撃社編集長、海棠 直樹に間違いなかった。

「なぜ編集長が!?」

「亜由美君……〆切の事は伝えたのか?」

「はい、ちゃんと伝えましたですよ……ただ、正一郎大作家先生は〆切が守れないとおっしゃるので……」

「亜由美!!」

 思わず呪詛を込めて腐れ編集者を睨んでやったが、それを避けるように海棠の背中に隠れる。

「正一郎君……それは本当かね?」

「フン……無理なものは無理だ……1日に100ページの枚数を書ける訳がないだろ!」

「正一郎君! まさか襲撃の掟を忘れたと言うのではあるまいな……もし襲撃を裏切ればそれなりの制裁を覚悟しなければいけないということを!」

「悪いが……裏切らせてもらう」

 正一郎は海棠の後ろに回りこみ、デザートイーグルを後頭部に向ける。

「正一郎君……そんな事を私にやっても意味が無い事ぐらい分かっているだろ?」

 瞬時に海棠の姿が消え、振り向くとそこには人影が立っていた。それは間違いなく海棠の姿だった。

「くっ!?」

 正一郎は攻撃を試みるが、身体はまるで膠で固められたように全く動かなかった。

「若いな……」

「馬鹿な!? なぜ身体が動かん!?」

「坊やだからさ……」

「はっ?」

「まあいい……八十ページ短縮しても良い……今日中に終わらせるんだ……良いな?」

 海棠は正一郎の耳元で呟くと、アパッチに飛び乗っていた。

「亜由美君……しばらく正一郎君の様子を見ていたまえ」

「はい……」

 呆然とする正一郎を前にアパッチは轟音と風を撒き散らしながら去って行った。

「今から八十ページを書けというのか……」

 肩を落とす正一郎は亜由美を睨むように見る。

「とにかく……睨むより机に向かった方が懸命ですよ」

 その時、インターホンが鳴り響く。

「むっ!? 今日は何日だ?」

「13日の金曜日ですけど……誰かと会う約束したんですか?」

 思わず青ざめる正一郎。

「まずい……今日は……」

 戸を叩く音と共に幼い少女の声が聞こえてくる。

「おじちゃーん〜遊びに来たよ〜」

「なにかと思えば……お子さんが遊びに来ただけじゃないですか? 先生の親戚の子ですか?」

「あれに惑わされるな……あれは幼い少女の姿をした悪魔だ!」

「ただの子供じゃないですか……」

「奴を甘く見るな……」

「おじちゃーん〜開けないなら入っちゃうよ」

 鍵がかちゃりと開き、チェーンロックの鎖が切れる。

「えっ!?」

「お前のチェーンロックはサブマシンガンの流れ弾でも当たったんだろうな……スペアキーを渡してあるから簡単に潜入できる」

 ドアを開けて飛び込んできた少女。それは黒いワンピースを着たショートカットの幼気な少女だった。顔は幼さが残っているものの、どこか大人びている。

 幼い少女はこちらに気づくと、駆けてくる。

「やはり来たか……」

 正一郎は駆けて来る視雨にデザートイーグルの標準を向ける。

「子供相手になにを!?」

「良いから見ていろ!」

 放たれた数発の銃弾は扉の端に当たり、部屋の扉は勢いよく閉まり、ゴン! という鈍い音がした。

「うわ……いま、思いっきり頭ぶつけませんでした? 幼女虐待で訴えますよ……だいたいどうしてそこまでする必要があるんですか!」

「視雨に私のライトノベルを見せる訳にいかないからだ……私の部屋の本棚には萌えや過激な描写なモノまでもある……子供にそれを見せる訳にはいかない」

「だからって……そこまでして隠す事もないんじゃ……」

「頭……ぶつけた……」

 部屋のドアが開かれ、正一郎に飛びつく幼い少女。バランスを崩して倒れる刹那、正一郎は壁にあるスイッチを押す。すると本棚はくるりと回り、ライトノベルから瞬時に純文学の本へと変わる。

「こら視雨……いつも飛びつくなと言っているだろ」

 視雨は頬を摺り寄せ、まるで猫のように正一郎に甘える。はっきり言えば、正直、視雨の攻撃はかなりキツイ……いろんな意味でだ。

「会いたかったよおじちゃん」

「頭をぶつけさせてしまったな視雨……大丈夫か?」

そう言って、視雨の赤くなった額を撫でてやる。亜由美の呆れた表情が目に付いたが、あえて気にしないでおく。

「……大丈夫」

 視雨は泣きも笑いもせず、無表情で答える。感情をあまり表に出さないタイプの子だが、言いたい事はキチンと言う。彼女が大丈夫と言えば安心だ。

「視雨……今日は何しに来たんだ」

「おじちゃんの本を見せて」

「前にを見せてあげたじゃないか」

「あれじゃなくて……おじちゃんの隠している本を見せて」

「何の事かな?」

 じっと見つめる視雨に思わず冷や汗を浮かべる正一郎。

「何で見せてくれないの?」

「すまないな視雨……おじさんは小説を今日中に仕上げなければいけないんだ」

「せっかく来たのに……」

 むすっとする視雨。

「今日ぐらい遊んであげたらどうですか?」

「八十ページを今日中に仕上げろと言ったのはどこのどいつだ」

「数時間は大目に見ます……視雨ちゃんと一緒に出かけませんか? 例えば秋葉原なんかどうです? ここからだと近いですしね」

「駄目だ! 外は危険だ! とくに秋葉原は危険極まりない!」

「行きたい……」

 本当に興味を持っているのか、感情の乏しい瞳がきらきらと輝く。

「それに視雨は……」

「それじゃあ先生、レッツだゴーです」

 亜由美は正一郎の声を聞かず、二人の手は風のごとき速さで引っ張られた。


  (つづく)  


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