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お散歩日和まっしぐら
第1話
しいなけっと(text)   早坂光平(Illust)


 今日も今日とて、犬好きの大神くんは『週刊エロカワ☆わんわん写真集』から片時も細い目を離さずに、器用にお箸を使っています。

 何がエロいのかとタイトルを付けた人のセンスを疑いたくなりますけれど、エッチな類の本ではなくれっきとした“犬”の写真集です。

「写真集の集って打ち間違えると雌雄になっちゃうよね」

 不意に、向かいの席で一緒にお昼を食べていた涼子ちゃんがぽつりと言いました。

 週刊エロカワ☆わんわん写真雌雄……。

「エロいですっ!」

 ふぃー、ダブルミーニングとは迂闊でした。侮っていたことに反省です。実はミステリの大御所が一枚噛んでいるのかもしれません。

「いや、別にエロくないでしょ」

「あれれ―?!」

 空回りプレイです。涼子ちゃんってばテクニシャン!

「わたしのライオンハートを翻弄するなんて、涼子ちゃんはちょっとおしゃまな小悪魔さんです」

「意味が分からん……」

 呆れられてしまいました。

「それよりも日和さー」

「タコさんウインナーはあげませんよ?」

 これは最後まで取って置くのです。

「……いっつも大神を熱い視線で見つめてるけど、告るのはいつかって聞きたいの」

「と、突然、なにぬねの!」

「……言葉になってないわよ」

「突然、何を言い出すんですかっ!」

「あんたら、幼稚園から高校までずっと同じクラスだったんなんでしょ?」

「はい! わたしと大神くんは運命の赤いエスカレーターで結ばれているのですよ」

「で、ずっと片思いなのよね」

「グフッ!」

 涼子ちゃんの言葉が胸に突き刺さり、内部で先端が開くと鉤爪となって心臓に食い込みました。

 わたしじゃなかったら即死ものです。

「見てる方はじれったいのよ。来年は私たちも受験生よ? 青春を謳歌したかったら今年がラストチャンスだと思いなさい」

「異議あり!」

 ビシッと涼子ちゃんにお箸を突きつけます。

「少女漫画では受験シーズンこそハンターチャンスなのですよっ!」

「……少女って打ち間違えると私用所になっちゃうよね」

「R18指定?!」

「漫画は漫画。現実を見つめなさい」

「嫌です。甘い砂糖菓子の幻想に包まれて虫歯になっていたいです!」

「……昨晩のオ○ニーの回数は?」

「五回です。いえ、誤解です! 突然、なにぬねの!」

「日和が抱いているのは妄想じゃない。青い春どころか、青い氷河期の真っ只中よ」

「寒過ぎます!」

「身も心も暖かくなりたかったら、そろそろ覚悟を決めることね」

「ううっ……」

 涼子ちゃんの言うことにも一理あります。そろそろ夜の献立にもマンネリが……。

 じゃなくてっ!

 大神くんとの爛れた関係を妄想の中だけで終わらせたくありません。

 いえっ、片思いでした!

「あうあうっ、論理規制がかかったら涼子ちゃんのせいです!」

「……何を考えていたのか大体想像はつくわ。付き合えばそれがすべて実現するのよ?」

「そそそそそそそそそそそそそそそそそそそ、そんな甘い誘惑に乗りませんよっ!」

「……私に妙案があるんだけどなー」

「どうぞ、魂を差し上げます」

 タコさんウインナーさようなら。

「魂安っ!」

「で、涼子さまの妙案とは?」

「ほれはー」

 ああっ、わたしの魂がちょっとおしゃまな小悪魔さんに食べられてしまいました。

「大神は犬が好き。日和は小型犬っぽい。犬になれば?」

「その三段論法は強引です! しかも、最後は疑問系じゃないですかっ!」

「ようするに当たって砕けろってことよ」

「妙案じゃないし、砕けたくありません! しかも、そこはかとなく投げ遣りです! わ〜ん、魂を返してくださ〜い」

 胸ぐらに掴みかかろうとしましたが、デコピン一発で撃沈されました……。

「……前々から気になってたけどさー。大神のどこがいいの? 基は悪くないけど、いつも目を細めてニコニコ笑ってて何を考えているのか分からないし、教室で変なタイトルの犬の写真集を堂々と読んでるし」

「笑顔のどこが悪いのですかっ! 堂々としてるのも男らしくって素敵です!」

「……恋は盲目って言うけどね」

「写真集を掲げて「お前たちは畜生よりも劣っているんだよ」って、細い目の内側で人を見下しているのですよ!」

「恋は透視(クレボヤンス)?! って言うか、そんな奴が好きでいいの?!」

「ものの例えです」

「……嫌な例えね」

「大神くんへの想いを理解して貰おうなんて思っていません。わたしはとにかく大神くんが好きで好きで堪らないのですよ」

 ふっ、決まりました……。

「だってさ大神! よっ、色男!」

「はぅん?!」

 不意に涼子ちゃんが大神くんに呼びかけました。

「はい?」

 大神くんがニコニコと振り返りました。

「日和、チャンスよ。思い切って告っちゃいなさい」

 はわわっ、そんな、いきなり、下(しも)の準備が!

「ダ、ダメです。心臓が妊娠しそうです!」

「どういう繁殖能力よ!」

「ぼくに何か御用でしょうか」

 はぅあっ! 大神くんが立ち上がって近づいてきます。動いています。妄想じゃありません。

「や、優しくしてくださいね!」

「昼休みの教室で何を始める気?!」

「えーと……」

「ええい、もう! 日和がね。大神の――」

「りょ、涼子ちゃんダメです!」

 こここ、告白はやっぱり自分でしないといけません!

 わたしの青春を奪わないでー!

「大神の“犬”になりたいんだって!」

 ゴンッ!

 思いっきりおでこから机に突っ伏してしまいました……。

「ぼくの犬ですか?」

「ほらほら、日和って犬っ娘って感じでしょ」

 涼子ちゃんは、わたしの髪で一対の房を作って、大神くんに見せているようです。

 ……恥ずかしくて、顔を上げられません。

「あはは、確かに小犬の垂れ耳みたいですね」

 こここ、これは褒め言葉なんでしょうか?

 それとも単に笑われているのでしょうか?

「あんたの性格からしたら、これがホントにラストチャンスかもしれないわよ?」

 涼子ちゃんが小声で囁きかけてきました。

 ちょっとおしゃまな小悪魔さんの言葉が、頭の中で渦巻きます。

 ラストチャンス……ラストチャンス……ラストチャンス……ハンタ〜チャンス!

「大神くん!」

 わたしは決意して立ち上がりました。

「日和、頑張れ!」

「わた、わたしを、わたしはあなたの犬になります。付き合ってください!」

 教室がざわめき立ちました。

「犬前提かよっ!」

 涼子ちゃんの鋭いツッコミが響き渡ります。

「ぼくのマンションでは、犬を飼うのが禁止されているんです……」

 これは、遠回しに断られているのでしょうか……。

「そんなぼくで良ければ」

「「「どんな“ぼく”だよ!!」」」

 クラスメイト全員のツッコミの中、わたしに春がやってきました。

 今夜のオカズはご馳走です。



    −−−つづく!


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