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お散歩日和まっしぐら
第3話
しいなけっと(text)  早坂光平(Illust)

 ドッグカフェと聞いて不安でしたが、わたしの杞憂だったようです。

 北欧風の店構えは並の喫茶店なんかよりずっと素敵で、デートとして訪れるにはなんの違和感もありませんでした。

 店先の小さなオープンテラスには犬連れのお客さんが上品そうに談笑しています。

 大神くんのエスコートで涼しげな呼び鈴の音とともに店内に入ると、ほど良い空調に汗が引いていきました。

 各テーブルの下には、大型犬から小型犬までがおとなしくくつろいでいます。

 その様子を見て、ウエイトレスさんに席に案内されたもののどこに座るべきか逡巡してしまいました。

 犬根性が染みついてしまっています……。

「あはは、椅子に座っていいよ」

 ちゃんと人間扱いしてくれました!

「ご注文は何にいたしましょう?」

「このケーキセットで」

 大神くんがメニューを指差すと、ウエイトレスさんが困惑した表情を浮かべました。

「こちらのケーキセットで、本当によろしいのですか?」

「はい、それで結構です」

 ウエイトレスさんがわたしの顔をちらちらと窺っているのが、大変気になります。

「……かしこまりました」

 首を傾げて厨房の方に去っていく後ろ姿に嫌な予感がしました。

 数分後。

 わたしたちの前にケーキセットが並べられました。

 ただし、わたしのものは犬専用の食器です……。

 予感的中です。ノストラダムスを超えちゃいました。

「ぼくの奢りだから、遠慮なく食べて」

 相変わらずニコニコと微笑んでいます。

「は〜い、いただきま〜す♪」

 当然、フォークなんてありません。

 わたしは半ばヤケでケーキにかぶりつきました。

 しくしく、味がありません。

「あはは、ケーキまみれだよ」

 はわわっ、大神くん自らわたしの口元を拭ってくれました。

 もうケーキの味や、店内の痛い視線なんて気になりません!

 わたしは思う存分ケーキを堪能し、水をガブガブ飲みました。

 顔を上げるたびに大神くんがニコニコと口元を拭ってくれます。

 今夜のオカズがまた一品できました。

「(色んな意味)ご馳走さまです!」

 綺麗になった犬専用の食器に両手を合わせました。

 その時、わたしのお腹がゴロゴロと鳴りました。

 ど、どうやら、調子に乗って一度に詰め込み過ぎたようです。

「お、大神くん。ちょっとお花畑に……」

 引きつりながらも笑顔で立ち上がります。

「それじゃあ、ぼくも手伝うよ」

「へっ?」

「だって、飼い主も同伴しなきゃ」

 ニコニコと、さも当たり前のように言いました。

「そ、それは――」

「それは?」

 笑っているはずの細い目がわたしの顔をひたっと見つめています。

「……分かりました」

 いずれ隅々まで知られてしまうのですから、早いか遅いかの違いですし、何よりも限界です!

 後ろを着いてくる大神くんの気配を感じながら、女子トイレに向かおうとすると、肩を強く掴まれ、引き止められてしまいました。

「そっちじゃないよ。犬専用じゃなきゃ、ぼくが入れないじゃないか」

 あうあう。なんだか大神くんが怖いです。

「はぃぃ……」

 わたしは犬専用のトイレに向かおうとします。

「……いいよ。ちゃんと普通のトイレでしてきて」

 溜息混じりにそう言い放つと、背中を向けてしまいました。

「中庭のドッグランで待ってるから」

 あれれー?

 わ、わたし、何か怒らせるようなことしたのでしょうか?

「うっ!」

 お腹の中で雷さまが暴れています。

 今はともかく、お、お花畑へ……。



「お待たせしました〜」

 心地好い余韻に浸りながら中庭に出ると、扉の横にあるベンチに大神くんが腰をかけていました。

 いつもの笑顔はなく、不機嫌そうに柵に囲まれたドッグランスペースをじっと見つめています。

「あ、あの〜」

「どうして」

「えっ?」

「どうして怒らないんだよ。ぼくが今日一日してきたことは非常識極まる行為だろ? 普通の女の子ならとっくにキレて帰っているか、ぼくを鈍器で殴り殺してもおかしくないはずだ」

「……そうかもしれませんね」

 わたしは大神くんの隣に腰を下ろしました。

「でも、わたしは変態……、もとい莫迦ですから。それに――」

「それに?」

「大神くんのことが大大大好きですから」

 挑みかかるように睨みつけていた大神くんの顔が、みるみるうちに赤くなっていきました。

「ど、どうしてそんな簡単に言い切れるんだよ! 日和ちゃんとはずっと同じクラスだったけど、別にプライベートで親しかったわけじゃないだろ! なのにどうしてぼくなんかを好きになれるのさ!」

「どうしてでしょうね」

 小首を傾げました。

「わたしにも分かりません。いつの間にか、わたしの世界の中心に大神くんがいました。それではいけませんか?」

 大神くんは顔を真っ赤にしたまま黙り込んでしまいました。

 やがて、ゆっくりと口を開きました。

「……マンションに住む前は、一戸建てに住んでたんだ。小さくてぼろっちい平屋のね。そして、一匹の大型犬を飼ってた。犬って賢いと思うよ。関係に見合った愛情を注げば注ぐほど、それに応えてくれるからね」

 喫茶室の方から声がして、大神くんは口を閉ざしました。

 扉が開き、二人のお客さんが犬を連れてドッグランスペースに入っていきました。

「……父さんがちょっと出世してさ。無理をして今のマンションを買うことになったんだ。前も言ったようにそこでは犬は飼えない規則だから、他人に譲ることになったんだけど、そのときはぼくも新しい家のことで頭が一杯でとくに悲しくもなかった」

 二匹の小型犬が自由に跳ね回っていたかと思えば、飼い主の指示で障害物を次々とクリアーしていきます。

「でも、身分不相応な無理が祟ってさ。少しずつ家庭に亀裂が入るようになって、家族がすれ違うようになって――」

 大神くんが重い溜息を吐き出しました。

「愛情が欲しくなったときにはもう、昔飼っていた犬は別の家族の一員になってたんだ。ぼくがいつも犬の写真集を眺めているのは、ないものねだりなんだよ。勝手だよね」

「なくはないです」

「えっ?」

「わたしがいます。わたしが大神くんに一杯一杯の愛情をあげちゃいます!」

「……ぼくはわがままだよ?」

 少し笑ってくれました。

「大丈夫です。わたしはへんた、もとい莫迦ですから!」

「……ありがとう」

 俯いた大神くんの頬を涙が流れ落ちます。

 わたしは、そっと唇で拭ってあげました。



 今度はちゃんと人間用のケーキセットをご馳走になって、ドッグカフェを後にしました。

「ねぇ、駅前の本屋に寄ってもいいかな?」

「いいですよ♪」

 わたしたちの手はしっかりと握られています。今夜のオカズにはことかきません。

 身体が持つか心配です。

「今週号の『週刊エロカワ☆わんわん写真集』を買いたいんだ。駅前だと一日早く発売されるからね」

「なんで“エロカワ”なんでしょうか?」

「ああ、被写体の犬が全部メスでね……」

 大神くんが面映そうに頬を掻きました。

「みんな仰向けで写真に撮られているんだよ」

「本当にエロかったのですねっ!」

 これは涼子ちゃんにも教えてあげないといけません。

「でも、これからは大神くんが望めばわたしがいつでも……」

 腕を絡め、大胆に胸を押しつけました。

「そ、それはもっとエロいですかっ!」

「はい、とことんエロいですっ!」

 わたしたちは今、青春を謳歌しています!



  −−−おしまい


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