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桜ちゃんとこのお友達事情。
第1話
text 相田伊亜 / Illust daiya◆K・たに

 この世に女同士の友情は成立しない。

 そんな話も聞くけれど、あたしには八歳から付き合っている友達がいる。

 絹糸のように柔らかな長い茶髪、白磁のような肌を持った彼女は、クォーター。

 きっかけは、隣のクラスの転校生だった彼女がイジメられているのを、あたしが止めたこと。

 今考えると、あまりに綺麗な彼女に、幼いながらも、同性は嫉妬を異性は興味を持ち過ぎて、過剰な行動へ駆り立てていたのかも。

 あたしは単にそんなのが嫌い、というあくまで個人的な正義感からの行動だったのだが、彼女にとっては、すこぶる感動的な出来事だったようで。それから、彼女が再び転校するまでの二年間を、二人で毎日のように笑って過ごした。

 小学校を卒業するまで、週に一度は手紙のやり取りをしていたのだが‐お互い携帯なんて持ってないし‐、最近は、彼女の方が忙しいらしく、返事が返って来ることはない。ただ、バースデーカードとクリスマスカードだけは、欠かさず送ってくれる。

 『ごめんね』の一言を必ず添えて。

 あたしは、それを見る度に笑ってしまう。

 気にしなくていいのに、って。あたしのことを忘れてくれていないだけで、嬉しいんだよ、って。

 あたしにとって、彼女は大切な友達。



 駅ビル最上階にあるレストラン街。隅っこのコーヒーショップで、あたしは大慌ての作業中。明後日は彼女の15歳の誕生日。なのに、昨日まで風邪を引いて高熱ダウンしてしまったが故に、本日学校帰りにバースデーカードを買って、メッセージ書いて、郵送までをやっつけ仕事でこなす破目となってしまいました。

 「ごめんねー、瑠架(るか)−」

 目の前にいない友人に無意識に頭を下げる。

 去年は和風を組み入れたバースデーカードだったから、今年も和風は厳しいかな?でも、キャラ物は、大人っぽいイメージの瑠架には似合わないし〜…なんて考えていたんだよ。

 心の中で一通りの言い訳をして、送ることに意味があるのだ、と自己説得。うん。そういうことにしておこう。

 コーヒーを一口飲んで気を取り直し、改めてカードに書くメッセージを考えていると、肩を叩かれた。

 振り返ると、グラサン姿の中年男性が。

 「飛田 桜(ひだ・さくら)か?」

 「…誰?」

 初対面の人間に呼び捨てにされるいわれはないのだけれど。

 失礼な奴、と睨んだところで、鋭い女性の声が響いた。

 「桜! 伏せろ!」

 これまた聞いたこともない声が、あたしを呼び捨てにする。

 一体、何。と声の方へ振り返ろうとした瞬間、テーブルの脚の角に足の小指をぶつけてしまった。

 あいたたっ。ぶつけた場所を覗き込み、確認した上で、頭を上げると、あたしの鼻先にキラリと光る刃物。

 「チッ!」

 グラサン親父が舌打ちをして、刃物を引っ込めた。

 今の…あれ?

 先に悲鳴をあげたのは、隣の席の女性。

 「くそっ、立て」

 グラサン親父があたしの腕を握り、強引に引っ張り上げようとする。

 「ちょっと、何を…」

 あまりの痛さに、抗議の声を上げると、突然グラサン親父が崩れ落ち、視界から消えた。そして現れたのは、ポニーテールを高く結んだ黒髪の綺麗な少女。

 ボンキュッボンのスタイルを、黒の長袖シャツとショートパンツで無造作に包んでいる。

 何故か、胸元に深紅の薔薇。

 きりっと見開かれた瞳は、深紫色。薄褐色の肌の色と相まって、彼女が日本人でないことを証明していた。

 「桜、サマ。ここを出る。次が来る」

 桜、サマ?

 自分に対して言われたことに気づくのに、時間が掛かったのは仕方がない。

 「もしかして、あたしに言ってる?」

 彼女は呆れたように、そのスタイルを強調するウエストに手を当てて。

 「他に『飛田桜』がここにいるか? 殺されたくなければ、来い」

 …何かとっても物騒なセリフを聞いた気がする。

 『そちらに向かって五人移動しているわ』

 突如、胸元の薔薇から別の女性の声。

 「了解。桜、サマ、は確保した。プラン2を実行する。頼むぞ、アンナローズ」

 『はーい』

 確保? プラン2?

 混乱するあたしを見て、彼女は溜め息一つついて跪くと。

 「わたしはユマ。瑠架様の命により、桜、サマ、を迎えに参りました」

 瑠架…様? 何故、瑠架の名前が。

 「では、失礼」

 いきなり持ち上げられ、あっという間にお嬢様抱っこ状態。

 「詳しい話は後。ここから出る」

 「は、はあ…」

 その状態になって、初めて気づく。

 床に伸びているグラサン親父のはだけた内ポケットに、黒光りする拳銃が隠されていたことに。

 「しっかり掴まれ」

 言うと同時に走り出した彼女、そのまま非常階段方向へ。

 …にしても、あたしとそんなに変わらない体格で、人ひとり抱えての、このスピード。一体どういう鍛え方しているんだろう。

 非常階段に入り込んだところで、下から複数のバタバタとした足音。

 「来たか」

 ニッと笑うその表情、綺麗なんですけど、鳥肌立つのは気のせいですかー。

 そのまま階段を上り出すが、いきなりあたしを抱えたまましゃがんだ。同時にプシュンッという音がして、ちょうど頭があった位置の壁に穴。

 これって、鉄砲の弾ってやつ?

 貧血を起こしそうになるあたしを尻目に、彼女の方は冷静に後ろをちらりと見て。

 「急ぐ」

 しゃがんだ姿勢から、ピョンとばかりに飛び上がると、手摺りを踏み台に階段飛ばして、あっという間に屋上フロア。

 屋上は、子供連れ向けミニ遊園地的な場所になっているものの、すでに時間は夕方、客の姿はまばらだ。

 何で屋上? 逃げるなら、階下を目指すはずだよね。

 湧き上がる疑問。でも、それ以上は考える暇がなかった。

 複数のグラサン男が現れて、こちらに銃口を向けたから。

 その場にいた人達が悲鳴を上げる。

 「来たよ!」

 焦るあたしのセリフにも、彼女は表情を変えず、「了解」とだけ答えると、そのまま屋上に設置されている金網の柵の上に飛び乗った。

 「ユマさんっ?!」

 余りの怖さにそれしか言えません。

 「アンナローズ、いくぞ」

 『はいなぁ〜』

 一瞬、あたしを抱えたユマさんの腕に力が入りーそのまま空中ダイビング。

 「きゃーっ!」

 凄まじい風音が耳元を切って行く。

 このまんま死んじゃうのかなー。

 ぐるぐると頭の中が回りまくってます。

 「まだか」

 ユマさんが舌打ちしたと同時に、今度は地面から一筋の緑の植物の蔓が伸び上がってきた。その本数はどんどん増え、気がつけば、あたし達の身体を柔らかく包み込み、ふんわりと地面へ下ろしてくれた。

 そこは駅ビル裏側の業者用駐車場で、今は誰もいない。

 まだ頭の中がぐるぐるしているあたしの顔を覗き込む、もう一人の女性。

 「きゃー、可愛い! 瑠架様が自慢するだけあるわ」

 銀髪をボブにした、碧の瞳と白雪の肌を持つその女性は、まだお姫様抱っこ状態のあたしにそのまま抱きつこうとして、ユマさんに足蹴にされた。

 「アンナローズ、逃げるのが先だ。後で好きなだけ抱かせてやるから」

 あのう、あたしの意思は?

 「じゃ、桜様、後でたっぷり、ね」

 アンナローズさんの非常に魅力的なウインクは、同性でもドキドキ。でもって、よく見ると、彼女の服装は黒の総レースゴスロリ。

 どこで売っているんだろう…などとボンヤリ考えてしまった。

 「さ、乗って」

 押し込まれたのは、オレンジ色の軽自動車の後部座席。しかも、マニュアル車。運転席にアンナローズさん、助手席にユマさん。

 「桜、サマ、シートベルトをしっかり締めろ」

 「は、はい」慌てて締めたと同時に。

 「じゃ、れっつごー!」

 アンナローズさんの明るい声と凄まじい重力が体中に掛かった。

 うきゃー! 声にならない悲鳴。

 そして意識はフェードアウトするのでした。

 はい、合掌。



 「生きているか」

 どこか遠くで声が聞こえる…。

 「あん、何故邪魔するのよー。好きなだけ抱かせてくれるって言ったじゃない」

 え?! それはいやだ。

 ガバッと身体を起こすと、そこはソファの上だった。向かいのソファに女性二人。

 「ほお。結構早く起きたな。アンナローズの車に乗って、半日寝込まないだけ凄い」

 半日寝込む運転…。

 「あら、逃げるためだもの、あのくらい普通でしょ」

 うふふ、と微笑むアンナローズさん。

 「普通に買い物に行くはずの瑠架様が、丸二日寝込んだことがあったな」

 呟くユマさんの眼は、何故か細められ。

 「そんなこともあったわね。昔、ね」

 余裕でウインクを返す彼女が一枚上手。

 あ、でも、ここって。

 微妙な振動を感じつつ、ぐるりと見回して、顔が強張ってしまいました。

 窓のない四角い部屋に応接セット、食器棚、大型薄型テレビが並び、脇になぜだかオレンジ色の…悪夢の軽自動車だ。

 「今、トラックのコンテナの中。すべて瑠架様の手配だ、安心しろ」

 そうか、安心していいんだ。

 ほっ、としたら思い出した。

 「今何時です?! うち、門限七時なの!」

 遅れたら、締め出されちゃう! うちの両親、そういう所は厳格なのだ。

 「現在夜七時半。心配することはない」

 ユマさんがピッと手元のリモコンを押すと、 大型テレビの画面いっぱいに両親が映った。

 『あ、いいですか。ええっと…』緊張の面持ちの父親がいきなりアップ。

 『桜、急にグアムへ出張言い渡されちゃって、母さんも同伴しないといけないらしいのだ。一人置いて行くことになるが、許せ』『父さんの仕事だから、仕方ないわよねー。お土産買ってくるから〜』

 済まなそうな口調と反対に、表情はウキウキワクワク。お揃いのアロハシャツまで着て、『仕方ない』は説得力ないよ。

 「これで二・三日は帰らなくても大丈夫」

 「が、学校は? 学校を休んだら」

 「ご心配なく」

 アンナローズさんが出して見せたのは、一枚の用紙。

 「桜様は、親類の葬儀出席のためにグリーンランドに行くことになりました。はい、証明書」

 …英語、読めません。っていうか、なんでグリーンランド…。

 「まだ、何か」

 にっこり微笑むアンナローズさん。

 「…瑠架の命令、って?」

 ユマさんとアンナローズさん、顔を一瞬見合わせて。

 「まずは、これを読んで」

 アンナローズさんが胸元から白い封筒を取り出し、あたしの目の前に置いた。

 封筒の宛名は『飛田桜さま』。その綺麗で柔らかな筆跡は、瑠架のもの。

 手に取り、急いで封を開けると、ほんのりと甘い香りが立ち上る。



 『大好きな桜へ



  いつも不義理をしているのに、こんな時だけ頼りにしてごめんなさい。

  でも、どうしても助けて。

  私の家では、15のバースデーに“テスト”を受けなくてはなりません。

  ただし、この“テスト”には、信頼する人物に手伝ってもらう必要があります。

  私がこの世で一番信頼するのは、桜。

  あなただけ。

  どうか、私の15のバースデー当日まで“小箱”を預かって。

  ただし、“小箱”は開けないで。

  注文ばかりでごめんなさい、本当に

  ごめんなさい。

  全部終わったら、きっと、埋め合わせをします。

  だから、どうか、お願い。



                     瑠架 』



 文脈バラバラの文章に、切実さが滲み出て。

 「そこまで言われちゃ、断れないでしょ」

 呟いたところで、背後から抱き締められた。

 「さすが、桜様! 大丈夫、桜様はこのアンナローズとユマちゃんが守ります」

 「あ、あの、その『小箱』って、どこにあるんですか?」

 「あー、そうそう」

 ようやく緩められたアンナローズさんの腕。この人、見かけより力あるよね…うん。

 「わたしが預かっている」

 と出して来たのは、ユマさんだった。

 片手の平に乗るくらいの小さな箱は、指輪を入れるケースのようで。違うのは、開く部分に訳の分からない文字が書かれたテープが貼ってあること。

 「とにかく、この小箱をあたしが瑠架の誕生日当日まで預かればいいんですよね」

 「ああ」

 「預かるので、帰ってもいいですか?」

 「ダメ」

 即答されちゃった。

 「桜、サマ、あなたは命を狙われている。それを忘れた訳ではないだろう」

 ユマさんのセリフに、おぉっとそうだった、とポンと手を打ったのは、あたし。

 ガクンとばかりに突っ伏したのは、ユマさん。

 すっかり忘れてた。いやぁ、アンナローズさんの運転って、記憶を飛ばしちゃうみたいです。ということは。

 「狙ってきたのは『小箱』絡み?」

 「…まあ、『小箱』というか、『テスト』というか、そういうのの絡み」

 疲れた声で答えながら、ユマさんは身を起こした。余りの元気の無さに、何だか申し訳なくなり。

 「ごめんなさい」

 彼女は驚いたようにあたしを見、そして、頬杖をついた。

 「ったく…」

 「やり辛いね〜、ユマちゃん」

 にやにやしながら、アンナローズさんがユマさんをぎゅっ。

 「桜様、瑠架様とタイプそっくりで…」

 ズゴンっと音がして、アンナローズさんの顔にパンチがめり込んだ。

 ユ、ユマさん、グーで殴りますか?
 「もう、ユマちゃん、照れ屋さ〜ん」

 右頬を真っ赤にして、ふふふ、と笑うゴスロリ美女。…見かけより、とってもタフだ…。

 妙に感心してしまう自分がいた。

 「年上を大切にして欲しいものだわ。10代の若気の至りとしても」

 『10代』…「ユマさん、いくつなんですか?」

 「14」

 …「あたしと同じ年齢?!」

 「老けてるでしょー、この子」

 にこやかに言ったアンナローズさんの左頬に、ユマさんの拳が再びめり込んだ。

 「いい加減にしてよ、ユマ」

 表情はにこやかなままなのに、その背中からどす黒いものがウヨウヨ出て来ています、アンナローズさん。

 対するユマさん、無言で立ち上がると、いつの間にやら刀なんて持ってます。

 「限度ってもの、考えなさい」

 「…」

 この緊張感。この重っ苦しさ。やばいっ…。

 焦って、二人の間に飛び込んだその時、振動が止まった。

 「到着したな」「みたいね」

 あっさり構えを解いて、反対奥の方へと並んで歩き出した。

 あたしの立場は…?

 「桜、サマ、こっちだ」

 コンテナの扉が開く。

 広がる夜の闇の中、目に飛び込んできたのは、ヨーロッパが本家本元のはずの中世の城。

 「…ここ、日本、ですよね?」

 「瑠架様が、向こうの城を移築したの。今夜凌げば、明日には合流されるわ」

 合流。「明日、瑠架に会えるんですか?!」

 「ああ。死ななければ」

 ユマさん、それ、冗談にならない…。

 「さ、行きましょ」

 アンナローズさんに引っ張られ、外に出て、その場所の異様さに息を飲む。

 城は山中にあり、大きな河の中洲部分に建てられいたのだ。しかも、そこへ行くには、板とロープで作られた原始的な吊り橋を渡らなければならない。

 「ちょっと、静かにしていてくれ」

 再びユマさんにお嬢様抱っこされ、アンナローズさんが先頭になり、吊り橋を渡り城門前に辿り着く。

 あたしを地面に降ろすと、ユマさんは持っていた刀を取り出す。そのまま振り下ろし、唯一の交通手段の吊り橋を切り落とした。

 「明日、瑠架が来るんでしょ?!」

 「明日は明日の橋を作る。いくぞ」

 そんな簡単に出来るんかい?

 不安を感じながらも、あたしは城門をくぐったのでした。


  (つづく)  


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