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桜ちゃんとこのお友達事情。
第3話
text 相田伊亜 / Illust daiya◆K・たに

 

 まだ開かれていない城の玄関扉の内側、立っているのはユマとアンナローズ。

 目を閉じたアンナローズの全身には、床下から現れた緑色の植物の蔓が絡みついていた。

 「なるほど」

 呟いて、目を開くと、植物の蔓は彼女の身体から離れ、また床下へと消えていった。

 「ローウィック様ったら、一部隊投入して来たみたいよ」

 「…感動するくらいの執着ぶり」

 「瑠架様は欲が無さ過ぎるのよ。まあ、瑠架様があんなだったら、わたし達も付いていけないけれど」

 「確かに」

 静かに答えて、ユマは刀を構えた。

 ゆっくり呼吸を整えると、刀へ自分の『気』を注ぎ込む。彼女の瞳の深紫が燃え立つように純度を増し、連動するかのように、手にした刀も深紫の炎を上げる。

 「深紫雷刀(しんしらいじん)第一開放」

 「ユマちゃん、死人は最低限に、ね」

 アンナローズの言葉に無言で頷く。

 

 外では、中庭に二機の輸送用ヘリが止まり、城の玄関扉前では、完全武装の男達が銃を構えていた。

 その向こうにはロケットランチャーを構えた男達。更に奥には四足歩行のロボットが数台。それぞれに人が乗っている。

 中央の一台に乗っている少年が声を上げた。

 「いいか、日本娘を捕らえろ。どのような手段を取ってもいい!」

 金髪蒼眼の線が細めの少年。その傍らには、赤毛の少女が頼もしそうに彼を見つめている。

 「行け!」

 ロケットランチャーが火を噴いて、玄関扉に命中した。



 城自体が震えた気がした。きな臭い匂いが、この部屋まで漂ってくる。

 小箱を握り締め、あたしは考えていた。

 「フランチェスカさん」

 隣の彼女は、銃を肩に担いでのんびり紅茶を飲んでいる。「なあに?」

 「あの人達の狙いは、この『小箱』なんですよね?」

 「そうね」

 「じゃあ、これを渡したら、帰ってくれますか?」

 彼女はティーカップをテーブルに戻し、複雑な表情であたしを見つめた。

 「…それは、瑠架ちゃんを裏切ることにならなくて?」

 「そうかもしれません。でも」あたしが知っている瑠架なら、「誰かが傷つく方が哀しいと思うんです」

 『敵』が誰かは知らない。でも、相手も人である以上、このままじゃ誰かが傷つく。それはきっと、瑠架の望みではないと思うから。

 「裏切り者扱い、されるかもしれなくてよ?」

 「その時は、その時です」

 その時は、あたしの知っている瑠架はいなくなった現実を受け入れるしかない。

 だけど「きっと、瑠架は変わっていません」

 「そう」フランチェスカさんは笑って、あたしの頭をぐしゃぐしゃっと撫で回す。

 「まったく、ほんとに、桜は可愛い」

 なんか、とっても子供扱いされてるよな、あたし。

 「じゃあ、渡してしまう前に、ご褒美をあげちゃうわ」

 ご褒美?

 首を傾げるあたしの手から、フランチェスカさんが『小箱』を取り上げ、封されていた部分に触れた。ジュッと一瞬煙が上がり、再び渡された『小箱』の封は跡形もなく消えていて。

 「開けてご覧なさい」

 「…いいんですか?」

 フランチェスカさんがとても優しい笑みであたしを見つめる。「開けて欲しいの」

 緊張しながら開けると、中にはウズラの卵大の不思議な色の宝石が入っていた。

 輝くような真っ白なベースの中に、揺らめく鮮やかな蒼の帯。

 綺麗。ありきたりだけれど、素直な感想。

 ごめんね、瑠架。期待に答えられなくて。でも、あたしは、ユマさん達に何かある方が、あなたにとって哀しいと思うの。

 精一杯の謝りの気持ちを『小箱』に詰めて、箱を閉じた。

 「一緒に行きましょうか」

 「はい」

 誰も傷付かないように。



 ロケットランチャーで破壊された扉。突入しようとした男達は、地中から伸びた緑の蔓に遮られていた。足を取られ、腕を取られ、身動き出来ない状態。

 その中を紫の一筋の光が駆け抜け、光の過ぎた後には、切り刻まれた銃器が地へ落ちる。

 「ローウィック様、第二班、動けません!」

 「えぇいっ、邪魔者は、殺していい! 早く、日本娘を捕まえろ!!」

 ヒステリックに叫び出した少年に、傍らの少女が手を添え。

 「落ち着いてくださいませ」

 「…そうだな。ありがとう、リリア」

 少女の手を握る少年。

 「こんな所で昼メロ見るとは思わなかった」

 緑の蔓の伸び盛る中、立っていたアンナローズは、視界に入った光景に呆れたように呟いた。側に立つユマが囁く。

 「頭潰す。範囲、伸ばせるか」

 「それは構わないのだけれど、仲裁者が来るみたいよ」

 何かを言おうとしたユマを遮るように、声が響いた。

 「双方、手を止めよ」

 半壊状態の城内への入り口に、フランチェスカが立っていた。銃を肩に乗せたメイド服の彼女からは、異様な強さが揺らぐ熱のように感じられる。

 「ローウィック、いい加減にせよ! 二度目はないと何度言えば解る!」

 金髪蒼眼の少年が、顔を真っ赤にして言い返す。

 「何故、私が落とされる! 正統な血筋は私なのですよ?! それを、いくら瑠架が可愛いからと傍系筋に『テスト』を受けさせ…あげくに、合格させようと細工をなさっている! どちらに非があるとお思いか?!」

 フランチェスカは、不快な表情を隠すことなく答える。

 「これも何度も言うが、細工などしておらぬし、出来ぬ」

 「私が落とされた以上、その言葉は信じられません」

 彼の瞳は、冷たい氷のような視線のまま。

 「…まったく、可愛くないわ。そなたは」と肩を竦めると、側に隠れていた桜を呼んだ。

 「箱を」

 桜が現れ、小箱をフランチェスカへ渡そうとするが、彼女に止められ。

 「まずは中身の確認。桜、開けてみせて」

 その言葉に頷いて、桜が小箱を開けた。

 不思議な光を放つ宝石が姿を現す。

 宝石の登場に、ユマとアンナローズは息を飲み、ローウィックは笑い出した。

 「それ見ろ! これこそが細工をした証! やはり入れ替えていたのだろう!」

 フランチェスカは桜の手の上の小箱を無言で閉じると、そのまま放り投げた。

 箱の行方を追いかけようとするユマを、アンナローズが止め。

 「フラン様には考えがあってのこと。邪魔しては駄目」

 ローウィックの手の者が受け取り、彼のもとへ運ぶ。

 小箱を手にした少年の頬は紅潮、側の少女も瞳を輝かせ小箱を見つめた。

 「さあ、リリア。これを開けろ」

 少女が小箱を開けると、悲鳴に似た叫びを上げた。

 「どうしてっ…!」

 小箱の中には、真っ黒なただの石が一つ。

 震える少女を抱き締め、ローウィックはフランチェスカを睨みつける。

 「またこんな小細工を…っ!」

 「この莫迦者が!」

 フランチェスカの一喝が敷地内に響いた。

 「その娘がどれだけ甘い言葉を吐こうとも、本質はすべてその宝石に映し出される。現実を受け入れよ」

 「ひどい。わたしは、心の底からローウィック様を愛しております」

 すがる様な潤んだ瞳で少年を見上げる少女。

 「わかっている、わかっているとも」

 少女をなだめ、部下達へ命令を下す。

 「あの女と日本娘を捕らえよ! 本物の宝石を取り上げるのだ!」

 「待って!」慌てて飛び出したのは、桜。「それが本物なの、すり替えたりしていない。本当よ。だから、もう、お終いにして」

 「信じられるか」ローウィックは忌々しげに言葉を続けた。

 「本物を返せ。そうして、わたしが王になる」

 は? 桜の目がパチクリ。「『王』って、何?」

 

 あまりに予想外の彼の言葉に、あたしはその場に固まって。だから、男達に囲まれたことに気づくのが遅れてしまった。

 やばい。

 思った時には、一人の男に右腕を掴まれていた。

 もがいてみてもビクともしない。身を捩り、最大限の抵抗を試みていると、いきなり紫の火柱があたしを囲んで立ち上った。

 囚われていた右腕は、急に自由を得て、勢い余って倒れそうになったところを、支えてくれた人。

 「桜様」

 「ユマさん…」

 「で、この案は、桜様の発案ですか?」

 「…これで終わると思ったんだけど…でも、ほんとに、あの宝石は取り替えていないんだよ?」

 「ああ、そうでしょう。単純な人間に策略は謀れません」

 単純な人間って、やっぱり、あたしですか?

 イジケたあたしを見て、ユマさんが声を立てずに笑った。初めて、口を開けて笑った。

 「あなたと瑠架様は、そっくりです。自分より他人。真っ直ぐで、揺らがない」

 ユマさんは左腕であたしを抱き締め、右手の刀を構えた。

 「目を閉じて」

 言われた通りに目を閉じた。

 ユマさんが囁いた。

 「深紫雷刀 放雷火弁(ほうらいかべん)」



 立ち上った円形の紫の炎が、更に天を目掛けて昇って行き、花火のように散った。散った炎はそのまま勢いよく地面へ落ち、地中を這って広がって行く。触れた者は感電し、気を失って倒れて行く。

 味方の倒れ行く様を見て、焦ったローウィックは四足歩行のロボット部隊に突入命令を出そうとするが、すでにショートを起こして動けなくなっていた。

 「くそっ」

 リリアの腕を取り、逃げようとした彼らを緑の蔓が優しく包み込む。

 「お前は、やり過ぎた」

 フランチェスカの冷たい声だけが、彼の耳に響く。



 「はい、これで最後ね」

 にこやかにローズアンナさん。ユマさんは背伸びをし、フランチェスカさんは拍手。

 完全にライトアップされた中庭には、何十人もの男達が緑の蔓に括られて、吊るされていた。その中には、ローウィックとリリアの姿も。

 「あのぅ」傍らのフランチェスカさんに声を掛けると。

 「ダメ」「却下」「無理」

 まだ、何も言ってないんだけど…。

 フランチェスカさんが顔を近づけて。

 「『ローウィックさん達は下ろしてあげてもいいんじゃないですか』って言いたいのでしょうけれど、この子達が元凶なの。わかっていて?」

 読まれている。

 「桜様、これ」

 ユマさんが投げて寄越したのは、あの『小箱』。そういえば。

 「『王』とか何とかローウィックさんが言ってましたけど、なんなんですか?」

 「何って、そのままよ」

 フランチェスカさんの後ろで、ローズアンナさんもうんうん頷いている。

 「『小箱』と関係あるんですか? 瑠架が女王になるんですか?」

 素朴な質問。

 ところが、途端に三人の顔色がザザーッと青白くなってしまった。

 「…桜様。瑠架様からの手紙、見せて頂けます?」

 震えながら手を出すローズアンナさんに、訝りながらも瑠架からの手紙を渡した。女三人、手紙を囲んで読み始め。

 一体どうしたんだろう。とりあえず、手持ち無沙汰で空を見上げた。

 すると、どこからか響く音。

 そして、見えてくるヘリの姿。

 また、何か襲ってくるのか?! ビビッていると、誰かが手を振っているのが見えた。

 近づくにつれはっきり見えてくる、人影。

 風になびく茶髪、白い肌。

 「さーくーらーっ!」

 「瑠…架…?」

 会いたかった親友の名前が自然とこぼれる。

 ヘリは降り立ち、中から人が飛び出して来て。

 「桜!」

 すらりと背が伸び、あの頃より大人っぽくなったけれど、間違いなく、瑠架。相変わらずの長く柔らかな茶色い髪に白い肌。クリーム色のすっきりとしたシャツと細身のパンツが似合っていて。

 あたしは駆けた。

 「瑠架!」

 感動の再会!…は、阻止された。

 ユマさんのウエスタンラリアットが、瑠架にヒット。崩れ落ちた瑠架を、剣呑な眼をしたアンナローズさんが締め上げ。

 「どういうことですの、瑠架様」

 「事情はきちんと桜様への手紙に書いている、と言っていたはずだな。瑠架様」

 ユマさんの刀に紫色の炎。

 あれ? あの二人って、瑠架の部下じゃないの?

 目の前の予想外の展開に、呆然としていると、手紙をひらひらさせながら、フランチェスカさんがあたしの隣で面白そうにその光景を見ながら。

 「ヨーロッパの小国に、ラングリッド王家が治める国があることを、ご存知?」

 何だか良くわからない質問ですが、「地理は苦手なので…」と素直に答えた。

 「その国の王位継承権の付け方がユニークでね、権利者が15になると、自分で見つけてきた『恋人』に王家の秘宝『Measure of a god<』という宝石を持たせるの。宝石が輝けば、二人は夫婦になって、王位継承する、という方法なの」

 輝く宝石、ですか。すっごく身近にそんな宝石、見た気がします。

 「という訳で」フランチェスカさんは、あたしの手の上の『小箱』を見て一言。

 「はい、開けて」

 これまた素直に開けると、白く輝く宝石の姿。

 「はい、決まり」

 「でも、瑠架は、女…」

 「ごめんなさーい! 僕だって、こんなことになるとは思わなかったんだよー」

 瑠架の叫び声。

 …今、『僕』って、言った?

 「頼めるのは、桜しかいないし、でも、今更『実は男でした』なんて言って、嫌われるのは嫌だし…」

 「あーのーねー」

 あの穏やかなアンナローズさんが、瑠架を吊るし上げています。

 「人が散々相談に乗ってやったのは、何の為だと思っているの?! 大体、土壇場でばらして、桜様を追い込むつもりだったんでしょ!」

 「だから、どうせ落ちると思って…」

 「じゃあ、どうする」ユマさんの刀の切っ先が瑠架へ向けられ「合格したぞ」

 う。まさにそんな表情になる瑠架。

 「瑠架ちゃんと桜なら、わたくしも嬉しいわ。在位70年も経つと、いい加減飽きてしまって。そろそろ新しい風が欲しいところでしたし」

 「…フランチェスカさん、何者なんですか?」

 「女王様〜」

 歌うように告げ、軽やかなステップでターンを決めた。

 女王様で在位70年。

 「…おいくつですか…?」

 「うふふ」彼女の指が頬にぷちゅっ。

 「女性に年齢を聞いてはいけなくてよ。あ、でもね」

 再びあたしの頬をぷちゅっ、としながら「アンナの方がお姉さんなの」

 何だか、世界が今揺れた気がします。

 ユマさんとアンナローズさんに散々責められた瑠架はというと、涙をうっすら浮かべながら、とぼとぼとあたしの前に。

 「あのね、桜。僕、本当は『男』なんだ。事情があって、15になるまでは、『女』として生活しなくちゃいけなくて。それで…」

 瑠架が、あたしの手を握る。

 あ、手が、大きくて、ごつい。

 「こんなことに巻き込んで、悪いと思っている。桜の信頼を傷つけたことも、わかっている。

 でも、僕は、ずっと桜を」

 そして、フランチェスカさんが気づいた。

 「桜、気絶しているんじゃなくて?」



 「「「え゛?!」」」



 神様神様、あたしの未来はどうなるんでしょう。

 すべては。

 神様だけが知っている。


  (おしまい)  


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