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空に踊る狼
第一章 −アヌビス−
text 嘉村健 / Illust ELIOT 

 

 空は雲一つ無い青天……空を飛ぶには絶好の日和だった。

 パンッ! パンッ! パンッ!

 空に花火が打ち上がり、白い煙が青色に染みを作る。

 地上は空とうって変わって、人々が砂糖に群がるアリのように密集して騒がしい。多くの屋台が建ち並び、舞台で曲芸をする者から、賭け事をする人達までもいる。

 無理もない……今日は空で追いかけっこをするお祭りなのだから……

「アリス・ミラーというのは君か?」

 軍服を着た金髪の長い青年が話し掛けてくる。

「はい……私ですが、何か?」

「レースはよく見ているよ……今回は私もレースに出るんだ。君のように賞金王と呼ばれる程ではないが……よろしく頼むよ」

 握手を求める青年軍人にアリスは顔色を変える。

「どうして……!?」

 この長い金髪に容姿端麗な顔立ち……間違いなくニヴル帝国軍ハイル・シュナイゼルだ。

「顔色が悪いようだが……医務室に連れて行こうか?」

 不適な笑みを浮かべるハイル少佐にアリスは力強く手を握る。

「いえ、ハイル少佐の勇猛ぶりには風の噂では聞いております……お会いできて光栄です」



 

 

 この男と初めて会ったのは自分がシーナ・ヴァルハラと呼ばれる幼い時だった。



「ブーン」

 そう言ってシーナは両手を広げ、滑走路をくるくると回った。

 シーナの黒い髪と白いスカートが風を受けて舞った。

 この場所で生まれたシーナにとって飛行機工場というのは楽しい遊び場所だった。大きなエンジンに見た事もない機械に飛行機達。シーナが望めば父はいつでも飛行機に乗せてくれた。

 シーナは純粋に飛行機が好きだった……こっそり飛行機に乗って操縦桿を動かしていたら父にお前にはまだ早いと呆れられるくらいに……

 工場のシャッターを開け、試作飛行機達の間を抜け、父と母がいる事務室を飛び込む。普通なら怒られそうだが、工場は休日だから他には誰もいないのだ。

「お母さん! お父さん!」

 事務室には誰もいなかった。前までは作業をしていたのか、タイプライターが置かれたデスクには飲みかけの紅茶が置かれていた。

 争うような声が聞こえ、裏の窓から覗き込むと、父が軍人らしき男達と言い争っているのが見えた。

「どういう事だ!? 設計通りの機体だ……もちろん外部にも漏れていない!」

 その言葉に綺麗な顔立ちの長い金髪の男が眉根を寄せる。

「あなたは敵国のアースガル国出身でしたね?……量産にあたり情報を漏らす可能性があってはならないのですよ」

 兵士達が一斉に機銃を父と母親に向けた。銃という物は幼いシーナにもよく分かっていた。テレビや映画で見た事がある。人を傷つけたり、殺したりする道具……それに撃たれたら父と母は……

「くそっ!? 逃げるぞ!?」

「あなた!?」

 父が母の手を引っ張り、駆けた瞬間だった。

「やれ」

 長い金髪の男のその一言で機銃の引き金が引かれた。

 ガガガガッ!!

 銃撃音と共に父と母の身体から無数の鮮血が散った。倒れて動かなくなる父と母の身体から血の水溜りができる。

「い、嫌っ!?」

 声を上げ、後ろに退くと、デスクの椅子が倒れて大きな音を立てた。

「誰だ!?」

 兵士が駆けてきて、すぐに逃げる。銃弾が肩と足を掠めた。

 足は血が出て痛かったが、今は恐怖の方が増していた。

 父と母のように自分も殺される。シーナは無我夢中で駆けていた。

何かにつまずき、転ぶと、床の周りに火花が散った。

 見上げると、父がよく動かしていた黒塗りの戦闘機があった。

「動くな!」

 動いても殺される事は分かっている……タラップに乗って、コクピットに飛び乗ると、金属音と一緒に火花を散らす。

「何をやっているアヌビスに当てるな!」

「しかし!?」

「しょせんは子供だ……銃を使わずに殺せ」

 兵士達がゆっくりと近づいて来る。シーナは父の運転を思い出し、震える手でスイッチを次々と倒し、スロットルを握る。

 コックピットカバーが自動で閉まり、四枚羽のプロペラが回る。

「馬鹿な!? アヌビスを子供が動かしているというのか!?」

 プロペラが回りながら前進する。離陸するためのシャッターも今は空いている。

 迷わず滑走路に向かって前進する。兵士達が向かってきているが、追いつけるはずもない。

 スピードが上がり、父と同じようにスロットルを上に倒すと、宙に浮き上がり、黒い戦闘機は離陸した。

 空に逃げれば、追いかける者はいないとシーナは思っていた。父が話していた中立のミッドガル国に行けば、誰かが助けてくれるかもしれない……そんな期待があった。

 そんな希望を奪ったのは隣に付いて来た白い双発の戦闘機だった。

「えっ?」

スロットルを横に倒して避けるも、背後にぴったりと付けられていた。

機銃が火を噴いた瞬間、横にロールして避ける。

機銃を避けるにはこうするのだと父が自慢気に見せてくれた飛行を真似したのだ……慣れているので、吐き気や目まいはない。

避けて安心したの束の間だった。双発の白い戦闘機が凄いスピードで前方に回り込んでくる。

「ぶつかる!?」

 下降して避けようとスロットルを前に倒した瞬間、双発の白い戦闘機の機銃が火を噴いて、黒い右の翼を貫いた。

 片翼を失って戦闘機はバランスを失い、落ちていく。

「落ちないで……落ちないで……落ちないで!」

 くるくると回りながら落下する戦闘機に願いをこめて下にスロットルを倒す。死にたくはなかった……父と母を殺した奴らに思い通りにはさせたくはない。

 地面に迫る瞬間、機体がわずかに上に向いた。

そのまま力強くスロットルを倒し続けるも、もう片方の無事の翼が木にぶつかって真っ二つに折れる。

「嫌っ!?」

 シーナの願いもむなしく機体が地面を滑り、停止した。

 後ろを向くと、背後にシーナを撃ち落とした白い双発の戦闘機が降りて来るのが見える。

「嫌だ……動いて……動いて……動いてよおおっ!!?」

 泣き叫ぶようにシーナはスロットルを倒すも、戦闘機は動く事はなかった。

 永遠と泣き叫ぶシーナに軍の車が来てすぐにコックピットに引きずり下ろされた。

「痛いっ!?」

「この餓鬼! 手間取らせやがって!」

 兵士がシーナを地面に叩きつけ、拳銃の引き金が手にかかった瞬間だった。

「止めろ!」

 その声と共に白い双発の戦闘機から出てきたのは父と母を殺した金髪の男だった。

「ハイル少佐……しかし」

「そいつはアヌビスのテストパイロット候補だ……丁重に扱え」

「はっ……こいつがですか!?」

 怯えるシーナに金髪の男が笑顔で頭を優しく撫でていた。



 

 

「自分の名前は書けるかな? この紙にはこう書いてある……君が戦闘機乗りになれば……自由を約束すると」

「私はお母さんとお父さんを殺すような人達の言う事は聞きたくありません」

「そうか……リラックスできる部屋を用意してある……そこでよく考えると良い」

 素っ気無い言葉に腹を立てる事なく金髪の男は笑顔を見せるのみだった。

 与えられた場所は牢屋ではなく、ぬいぐるみとベッドが置かれた普通の部屋だった。

 父と母を殺した男に待遇を良くしてもらっても嬉しくはなかった。

 幼いシーナには復讐という二文字は分からない。どうして良いか分からずにただ、泣く事しかできなかったのだ。



 それからシーナは数日間、ずっと泣き続けて食事もとらずにみるみる痩せ細っていた。

 シーナが泣いても何も始まらないと思ったのは7日目の事だった。

「私……戦闘機乗りになります!」

 そしてシーナは黒い戦闘機、アヌビスのテストパイロットとなった。

『おい、ウソだろ……子供が軍服着てるぜ』

『誰の子供だ?』

 基地内に軍服を着たシーナが通り過ぎると、ヒソヒソと兵士達が話し出した。

 6歳のテストパイロットなど、異質な存在でしかなかったのかもしれない。

 訓練を受ける度にシーナに視線が注がれ、ある者は嘲笑し、また、ある者は不満の声を漏らした。

 シーナは訓練が終わる度に暗いドックに収納されたアヌビスの前で泣くのが日課になっていた。シーナを知ってる者はこの黒い戦闘機しかいなかったからだ。

「ひぐっ……アヌビス……私、どうなちゃうのかな? このまま……」

「こんな所で餓鬼が何をやっている!」

 振り向くと、スパナを持った中年の男がシーナをライトで照らす。

「私、アヌビスのパイロットなんです」

「ふざけるのもいい加減にしろ!……誰の子供か知らねえが、軍隊ごっこなら他でやれ!」

「邪魔なら帰ります……ごめんなさい」

 泣きながら駆けるシーナは思った。結局は一人で泣くしかないのだろうと……誰も悲しみを分かってくれないのだろう。分からない大人達の世界……父と母を殺した者達と一緒にいるのだと思うと、本当に涙が止まらなかった。

 子供の軍人など誰も認めはしない……そのせいか話す人間すらいないシーナは孤立していった。

 だが、そんなシーナにも光は当たった。アヌビスのテスト飛行、その性能を見ようと多くの兵士達が集まって来ていた。

『ウソだろ……アヌビスのパイロットが子供……誰か止めさせろ』

『テストじゃなくて……公開処刑の間違いじゃねえのか?』

 滑走路を歩くシーナにギャラリーとして集まってきた兵士達の声が聞えていた。こんな事を言われるのは嫌だったのだけれど、いつもの事だと思ってシーナは既に諦めていた。

「気にする事はない……君の操縦を見ればあんな言葉も言えなくなる」

 笑顔で言うハイル少尉に黙って頷き、シーナはメットを受け取る。

 アヌビスに近づくと、夜に出会った中年の男がいる事に気づく。

「ウソだろ……お前が本当にアヌビスのパイロットだと!?」

 目を丸くして工具を落とす中年男を無視し、シーナはタラップを登り、コックピットに身体を埋めた。

 手順通りにスイッチを倒していくと、プロペラが回り、滑走路を走り、徐々にスピードを上げていく。

 その横に走るのはニヴル帝国と東和国が共同開発した機体。導入されたばかりのあの双発の狐空壱式だった。

シーナはハイル少尉からアヌビスに乗ったテストパイロットは一度もまともな飛行ができなかったというのを聞いていた。こんな操縦簡単なのにと、スロットルを軽く前に引いてアヌビスを離陸させた。

 狐空壱式がその後をピッタリと付く。飛行は狐空壱式とペイント弾を当て合い、性能を見せて欲しいという事だった。

 テストとは言え、二度も負けたくはないととシーナは思った。

閃光弾が飛ぶのを合い図に模擬戦が開始された。

 後ろに付いていた狐空壱式がペイント弾を放つ。それを横に避け、失速させて背後に回る。

 少し危険なやり方だったと思いつつ、狐空壱式に向けてペイント弾を放つ。ペイントはわずかに右翼に当たるのみだった。

 狐空壱式が逃げようとする所を加速して一気に追いつくと、ペイント弾を当てる。今度はコックピットとエンジンに当たった。

 閃光弾が打ち上がり、呆気なくテスト飛行は終了した。シーナは何か物足りなさを感じつつ、アヌビスを着陸させた。

 結局はテスト飛行を成功させても兵士達の対応は変わる事はなかったのだが……狐空壱式に勝てただけで、シーナは満足だった。

 訓練が終わっていつものようにアヌビスの前で泣いていると、ライトが照らされた。

「いつもそこで泣いているのか?」

 ライトを照らしてきたのは前に怒られた中年男だった。

「ごめんなさい……すぐに帰ります」

 立ち去ろうとすると、中年男のゴツゴツした手がシーナの腕を掴む。

「まあ、年寄りの話ぐらい聞いても良いだろ?」

「えっ? はい」

 中年の男が湯気の立つコーヒーの入ったカップを手渡す。

「コーヒーは飲めるか?」

「……はい」

 本当は砂糖とミルクが入っていないと、あまり飲めないのだが、我慢してそれを口に含む。コーヒーは苦かったけれど、冷えた身体には心地よかった。

「この前はすまなかったな……」

「子供は私しかいないから……しかたないです」

「お前は子供でも立派なアヌビスのパイロットだ……俺はアヌビスの整備工のロック・シュタインだ。よろしく頼むぜ!」

 肩を叩いて笑顔を浮かべるロックにシーナはどうしていいか分からずに首を傾げる。

少し考えた後、シーナはゆっくりと口を開く。

「私……シーナ」

 それでもシーナは誰かと仲良くしたいとは思っていなかったのだが……

「席、空いてるか?」

 食堂の相席に座ってきたのは整備工のロックだった。

「ロック、私の所に来ても面白くないよ」

「シケタ顔してんな……いつも一人で飯食ってんのか?」

「ここに子供はいないから……」

『あのロック整備工がロリコンだとはね……』

『いや、あいつはハイル少尉のお気に入りらしいぜ……むしろ株を上げるためとか……』

 少し離れた席から兵士達の声が聞えた。

 それを聞いてか、ロックは勢いよく立ち上がる。

「だから私と一緒に居ない方が良いよ」

「おい! そこの若造二人! ここの基地内にいるのは立派な兵士だ……それを侮辱するとは良い度胸じゃねえか! 戦闘機もまともに乗りこなせねえお前らの方がよっぽど子供だ!」

 ロックがそう言うと、二人の兵士が立ち上がって席を移動する

「ロック」

 思わずロックの腕を引っ張るシーナ。

「チキン野郎が……何だシーナ? 喉でも渇いたか? コーヒーが飲みたいなら持ってくるぜ」

「コーヒー……持ってきてくれるなら砂糖とミルクを入れて」

 恥ずかしそうに言うシーナにロックは自然と笑顔になる。

「お安い御用だ」

誰にも心を開かないシーナだったが、いつも食堂でロックと話すようになっていく内に打ち解けるようになっていた。




  (つづく)  


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