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空に踊る狼
第二章 −空に踊る狼−
text 嘉村健 / Illust ELIOT 



「ロック、何してるの?」

 ドックに行くと、ロックが何やら脚立に乗ってアヌビスの先頭部にペンキで何やら絵を描いているようだった。

「こいつにちょっくら魂を吹き込んでやろうと思ってな」

「魂?」

「よし……まだ左だけのペイントだが、よく見てみな」

 ロックが降りると、口を開けたファンキーな狼が描かれていた事に気づく。

「これ……狼さん?」

「そうだ……アヌビスっていうのは狼だか、犬の神様だ」

「でも……私、狼とかあんまり好きじゃないな……赤ずきんのおばあちゃん食べちゃうし」

「でも、実際には狼は人を襲ったりしないんだ……犬のようにおとなしい……ただ、狼は神経質であまり人には懐かねえ……まあ、このアヌビス狼はシーナには懐いみたいだがな」

「アヌビスは私に懐いているのかな?」

「なに言ってんだ……尻尾を振って喜んでるじゃねえか」

 描かれたイラストをマジマジと見るシーナ。とてもではないが、喜んでるようには見えない。

「う〜ん」

「ようし! 分かった……シーナ、アヌビスのプロペラの前に立て」

「うん」

 言われた通りにアヌビスのプロペラの前に立つと、ロックが脚立に乗ってコックピットに乗り込む。

「目をかっぽじってよく見ろよ」

 豪快なエンジン音と共にプロペラが回り出す。

「えっ?」

 押し出すような物凄い風がスカートを舞い上げる。

「……かるか! 尻尾を振って喜んでるだろ!」

 プロペラの前では風によって身体を押さえるので、精一杯だった。イラストを見るも、やはり喜んでいるようには見えない。

「喜んでるの!?」

「よーく目を凝らして見ろ!」

 今度は飛行機全体を見てみる……口を開けた狼が浮き上がり、宙に舞って尻尾を振りながらシーナの周囲をぐるぐると回っているのが分かった。

「うん! 本当だ! 尻尾を振って喜んでる!」

 アヌビスがくるくると回るのと同時にシーナもそれに合わせて踊る。

「な、何をやっている!」

 ハイルの少尉の怒鳴るような声が聞えたと思うと、エンジン音が止まり、プロペラの勢いが除々に失われる。

「エンジン動作テストおよび……ペンキを乾かすためにエンジンを作動させたのであります」

 ロックは歩む寄るハイルに敬礼する。

「如何わしい事を……」

「はっ?」

「アヌビスにペイントを施したのか……まあ、いい……非番とはいえ、迷惑をかけるような事をするな」

「はい」

 ハイルはシーナとロックを見比べた後、足早にドックから去っていく。

「ああっ!?」

「ど、どうした!?」

 何かを思い出したかのように声を上げるシーナ。

「私、非番だから普段着なんだ……スカートを履いてた事をすっかり忘れてた……プロペラが回ってた時にハイル少尉にイチゴのパンツ……見られたかもしれない」

「それでハイル少尉のあの反応か……俺も見ておけば良かったな」

「ロックのH!」

 膨れ面でそっぽを向き、踵を返すシーナ。

「おい……シーナ」

 呼び止めるロックに振り向くシーナはスカートをまくり上げる。

 スカートの下の白いショーツにはイチゴの絵柄がプリントされていた。

「ね? イチゴのパンツでしょ?」

 ロックはしばらく呆然としたかと思うと、身体をわなわなと震わせる。

「シーナ! てめえ大人をからかうんじゃねえ!」

「ごめんなさい」

 怒るロックにシーナは笑いながら逃げるようにドックを出ていった。



 

 

「てめえか……子供のテストパイロットっていうのは?」

 大柄な男がシーナへと歩む寄る。

「子供じゃ悪いの?」

 敬語を使わなかったのは階級が一つしか変わらなかったからだ。

「表に出ろ……実力の差っていうものを思い知らせてやる」

 大柄な男に滑走路に連れて行かれると、ドックにあったはずのアヌビスがここに置かれていた。そして隣には狐空壱式がある。

「ルールは簡単だ……エンジンもしくはコックピット、両翼に当たったらその時点で負けだ……勝負が決まらなかった場合はどちらかがより多く当てた方が勝ちとなる……分かったか?」

「分かったわ……」

「ちなみに俺に負けたら毎日スパーリングに付き合ってもらうぜ」

 笑みを浮かべて大柄な男に二人の兵士が付く。見回すと、アヌビスより一回り大きいバイソンが三機並んでいる事に気づく。

 バイソンはニヴル帝国が主力に使っている戦闘機だ。大型化する事で、武装や航続距離を伸ばしたというのを父から聞いた事がある。

「バイソンが三機あるのはなに?」

「ズルをさせないための見張りだ……試合は公平にやらないとな」

 そう言うと、大柄な男は嫌な笑みを浮かべた。

「そういう話ならジャッジは俺がやるぜ……空でのジャッジはアテにならんだろ?」

 そう言って歩む寄ってきたのは整備工のロックだった。

「ジジイは黙ってろ!」

「ベイク上等兵、その戦闘機は誰が整備すると思ってんだ? 許可は取ってねえんだろ? 俺のジャッジ無しでやるって言うんだったらこの事は報告させてもらう」

「分かったよ! ただし空のジャッジはこちらでやらせてもらうからな!」

「いいだろう……シーナ、願い事を考えておけ……こいつが負けたら何でも言う事を聞いてくれるそうだ」

「願い事……」

 シーナの脳裏に父と母の笑顔が過ぎる……それは絶対に叶わないというのは知っているはずなのに……

「始めるぞ! 早く乗れ!」

 苛立つベイクが言うと、シーナは慣れた動作でアヌビスに飛び乗った。

 アヌビスが離陸すると、バイソンがアヌビスを囲むようにする。この二人はやはりグルなのだろう。

 始まりの合図は地上にいるロックの発煙筒が合図だが、このままでは動けずにやられる。抜け出す方法があるとすれば発煙筒が焚かれる下を向く瞬間だろう。

 赤い煙が地上に焚かれた瞬間、囲むバイソンがわずかに離れ、アヌビスは一気に上昇して宙返りと同時にベイクのバイソンにペイント弾を撃つ。

 だが、ベイクのバイソンはロールしながら避け、上昇してくる。

 背後に張り付かれ、横に避けようとするも、仲間のバイソン二機がブロックする。

「まずい!?」

 照準に入り、横に逸らしてペイント弾を避けるが、ペイントが後部の羽に付着する。

 照準器の視界から逃れるためにスロットルを前に倒して下降させる。

 三機が後ろに付いて来るが、アヌビスの方がスピードは上だった。

アヌビスが三機を振り切ると、上昇して宙返りをしてベイクのバイソンに向かって照準器を合わせた。

アヌビスが上からベイクのバイソンのコックピットすれすれを突き抜けると同時に多量のペイント弾が当たって、機体の上部がピンク色に染まる。

 ベイクのバイソンは反撃もできるはずもなく、シーナの操るアヌビスの圧勝に終わった。

 アヌビスを着陸させると、大勢の人垣ができていて、拍手で迎えられた。

「これは……?」

「すげーなお前!」

「見てたぜ!」

 基地の兵士達にこうやって絶賛を受けたのは初めてかもしれない。

「お前のデビュー戦としてはまあまあってところだな」

 人垣を掻き分けてロックが歩む寄る。

「これはロックが呼んだの?」

「……さあな」

 後からベイク達のバイソンが降りてくる。

「……てめえ!」

 コックピットから降り、シーナを睨むベイクにロックが立ち塞がる。

「ベイク上等兵、お前は負けたんだ……約束は分かってんだろうな?」

「くっ!?」

 その言葉に怯むベイク。

「シーナ、こいつに遠慮なく願いを叶えてもらえ」

「それじゃあね……」



 シーナの願いはごく単純なものだった。

 それは基地の食堂にあるデザート全メニューを奢るという願いだった。食堂のデザート全メニューと言ってもプリン、クレープ、アイスクリームといった三品しかないのだが、シーナはそれだけで満足だった。

「わーい」

 アイスクリームを口に含むシーナは満面な笑みを浮かべる。

「何も食堂じゃなくてもデザートなら外にもうちょっと良い店があるだろ」

 ロックは欲が無い奴だと舌打ちをする。

「私、契約で基地の外には出れないの」

 スプーンを舐めるシーナの視線がわずかに窓の方へと行く。

「契約で外に出れねえだと!?」

「あの〜シーナさんですよね? 良かったら僕とお付き合いできないでしょうか?」

 シーナの両手を掴む男にロックが手を振り解く。

「シッシッ……シーナは誰とも付き合わねえ帰りな!」

「お前あのシーナか? 見てたぜ! 今度、俺にも操縦を教えてくれよ」

 また一人と男がシーナに歩む寄る。

「シーナちゃんでしょ? かわいい!」

 そして今度は女性兵士がシーナに抱き付いてくる。

「おい!」

 気づけばシーナは大勢の人垣に囲まれていた。

 ロックは悪い虫が付くようになったと嘆いていたが、シーナは悪い気はしなかった。

 ベイク達と戦った以後、兵士達もシーナの実力を認めるようになり、日が経つにつれ、慕われるようになっていった。



 

 

 シーナは深夜、ロックにアヌビスのドックに呼び出されていた。

「こんな時間にどうしたのロック?」

 真剣な眼差しでシーナを見るロック。

「シーナ、お前に聞きたい事がある」

「えっ?」

「アヌビスの設計者を調べたら分かった……お前はアイン・ヴァルハラの一人娘だな?」

 シーナはしばらく沈黙した後、無理な笑顔をロックに作って見せる。

「そうよ……お父さんに頼みこんでテストパイロットを志願したの……戦闘機が好きだから」

「……ウソだな」

「どうして? 私は……」

「じゃあ、どうしてアインとその母は死んだ?」

「…………」

 黙ってうつむくシーナ。

「言わなくても良い……それが俺にも言えない事ならな」

 後ろを向くロックにシーナの瞳から涙が零れる。

「……ハイル少尉の命令でひっ……殺されたの……私はアヌビスで逃げようとしひっ……けど……捕まってテストパイロットに……」

 大粒の涙を流すシーナにロックは優しく抱き寄せる。

「よく言ってくれたなシーナ」

 シーナがロックの顔を見上げると、何処か遠くを見るかのように怒っているように見えた。


  (つづく)  


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