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空に踊る狼
第三章 −逃避−
text 嘉村健 / Illust ELIOT 



 半年が経過し……シーナはここにずっと居ても良いのではないかと思い始めていた時、大尉に昇進したハイルに一室に呼び出された。

「シーナ、一等兵入ります!」

 ノックしてからドアに入り、ハイルに向かって敬礼する。

「シーナ、君は私の期待通りに良い成績を残しているようだね……そこで君を見込んでテストパイロットではなく、正規のパイロットとして戦場に赴いて欲しい」

 断りたい……だけど、ハイルの冷たい眼差しが否応なく出兵を望んでいるのがシーナには分かった。

「はい……喜んでお受けいたします」

「君ならそう言ってくれると信じていたよ……君は今日からシーナ兵長だ」

「……ありがとうございます」



 シーナがアヌビスの前で泣いていると、ロックが歩む寄る。

「話は聞いた……お前は今夜、アヌビスと一緒にここを出るんだ」

「えっ? どうして?」

「戦争でお前を人殺しにする訳にはいかねえ……アヌビスの整備はしてある……すぐにここを出るんだ。良いな!」

「……でも」

 答えに困るシーナにロックは首ねっこを掴み、アヌビスのコックピットに押し込む。

「泣き虫野郎のお前にここは似合わない……戦争で人を殺すより学ぶべき事は多くあるはずだ」

「でも、そんな事をしたらみんなを裏切る事になる!」

 ロックは銃を抜いたかと思うと、それが火を噴き、銃弾がコックピット下に火花を散らす。

「操縦席の下にアヌビスの設計図と頼れるミッドガル国のダチの住所が入っている……行け!」

 ロックの睨むような目が射抜き、シーナは涙を流しながらエンジンを回す。

「何をしている!!」

 エンジン音に負けない怒鳴り声が聞こえた。銃やらプロペラの回る音で気づかれないはずはない。

 動き出すアヌビスから兵士と取っ組み合いをするロックの姿が見えた。

 小さくなっていくロックが殴られ、倒れるのが見えた。それでもエンジンを止める事ができなかった。ここで止まったらロックの行動の全てが無駄になる事を幼いシーナでも分かっていた。

 辺りにサイレンが鳴り響く。

 ドックの扉が閉まっていたが、ロケット弾の一発を発射して吹き飛ばすと同時にアヌビスを離陸させる。

 周囲に閃光弾が放たれ、アヌビスが照らされる。

「来る」

すぐにシーナはスロットルを手前に引いて目一杯上昇させると、無数の機関砲の光がわずかに羽を掠める。

アヌビスの背中を追いかけてきたのは二機の狐空壱式だった。しかも、それはレーダー搭載型の夜戦型だった。

 視界が悪い夜ではレーダ無しのアヌビスではまるで歯が立たない。二機の機関砲が火を噴いた瞬間、アヌビスを横に傾けてギリギリで避ける。

 夜戦型なら簡単に振り切れるはずなのだが、調子が悪いせいか思ったよりもエンジンの出力が上がらない。

 再び二体の機関砲が火を噴いて、機体を下降させて避けると、コックピットすれすれで銃弾が通り過ぎていく。

 やりたくはなかった……だが、このままでは自分は死ぬのだろう。

 もし、あの二機に笑い合った兵士が乗っていたら……

 シーナは機関砲が飛び交う中を旋回させる。いくらスピードが落ちていても機体性能から考えて旋回はこちらの方が有利なのだ。

 シーナは並ぶ二機の背後にピッタリ付くと、照準機を合わせ、ロケット弾のトリガーを引いた。

「……ごめんなさい」

 シーナの瞳から涙が流れた。

 四発のロケット弾がアヌビスから発射された。至近距離で放ったロケット弾を二機の狐空壱式は避けられずに爆発した。

 燃えながら四散していく二機を振り返らず、シーナはアヌビスのスピードを上げた。

 その後、シーナは国境を越えた後、中立国のミッドガル国に辿り着いた。

 ロック・シュナイゼルの知人の夫妻とも会う事ができて、養子として迎えられた。

 だが、しばらく後にロック・シュナイゼルが事故で死んだという事をシーナは新聞の小さな記事で知った。

 戦闘機の機関砲が暴発した事故で死亡したと書かれていたが、ニヴル帝国軍のでっち上げだというのは明白だった。



 

 

 エアレースが開始している事を思い出し、シーナは意識を集中させる。

 スタートから既にシーナのアヌビスは戦闘機達に抜かれていく。

 問題なのはここからではない。レースのコースである塔のようにそびえ、立ち並ぶパイロンの隙間を縫っていかなければコースアウトとなる。

 前の戦闘機達がジクザクに並ぶパイロンを通り抜けられず、Uターンしてスタート地点に戻っていくのが見える。

 シーナには前の戦闘機がのろのろとパイロンを避けていくのがうざったく見えた。

 シーナは笑みを浮かべると、スピードを上げてジグザクパイロンを通り抜けていく。

 抜こうとした前の戦闘機がUターンしようとしてこっちに向かって来る。

 シーナは咄嗟に地面スレスレに下降させ、パイロンを通り抜ける。

「ちょっと……少しは考えて飛んでよね」

 直線コースに入ると、後ろの戦闘機達がアリのように見える。

 アヌビスはトップを守っているが……見慣れぬ双発の白の戦闘機がいつの間にか、横に付いていた事に気づく。

『この時を待っていたシーナ・ヴァルハラ……その忌まわしき戦闘機とお前を葬るためにな!』

 機上無線から聞えてきたのはハイル少佐の声だった。エアレースでは事故やコースから外れた場合はこの無線を使う。公平のためにレース中は選手同士の無線が使用禁止で、チャンネルは分からないはずなのだが、ハイルは何処からか情報を得たのかもしれない。

 機銃が火を噴き、横に逸れてやり過ごすが……背後にピッタリ張り付き、離れない。

「残念ね……私の事を忘れてくれたのなら良い人だと思えたのに」

『忘れるものか……貴様を狐空弐式で葬るまでは!』

 狐空弐式がコックピットの間近に迫った瞬間、シーナはブースターのコックをひねって加速させる。

 物凄いスピードでアヌビスが上空に上がったかと思うと、ロールしながら落下する。

『馬鹿な!?』

 結局、人間は何かのために人を殺し合う事しかできないのだろう。父と母をそしてロックを殺したように……幼い時、自分が逃げる時に殺した戦闘機乗り達のように……

「さよなら……ハイル少佐」

 照準機がハイル少佐のコックピットを捉え、シーナは躊躇わずトリガーを引いた。

 その瞬間、アヌビスの後部からピンクの煙が排出され、狐空弐式を包んだ。

 ピンクの煙が晴れた時にはアヌビスの機影は何処にも見えなかった。

 このレースによってアヌビスおよび、アリス・ミラーこと、シーナ・ヴァルハラは消息を絶ったという。

 そしてハイル・シュナイゼルは記者によって狐空弐式が機銃を撃った瞬間をカメラに撮られ、大尉に降格されてしまったという。


  (おわり)  


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