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教えて Tell Me!
第1話
text sie / Illust 園田逸明

 月原真也くんは、鼻孔をくすぐる花のような匂いで目を覚ました。

「……!」

 真也くんはタッパがあるので身体を『く』の字に折り曲げて寝るクセがついている。寝床の空間にもう一つ、小さな『く』の字がスヤスヤと寝息をたてていた。花のような香りは、その子の使っているシャンプーの香料だ。

(輝美のやつ……また寝ぼけたな)

 真也くんは、来年高校二年生になる男の子。小さな『く』の字は、真也くんよりも年上で朝倉輝美という。

 真也くんは、輝美を起こさぬよう静かに寝床を抜け出した。

 しばらくすると月原家の台所から香ばしい匂いが漂いはじめる。熱せられたフライパンの上でベーコンが「旦那、今だよ! 今!」と言わんばかりに音をたていてる。

 真也くんが、慣れた手つきで卵を二つ割りいれるとひときわ大きな音をたて生卵に熱が伝わる。火力を弱めて蓋をすると真也くんは、次のひと品にとりかかった。

 料理を終えるた真也くんは、二階へ向って少し大きめに声をかける。

「輝美! 時間ないぞ!」

 真也くんは、詰め襟にエプロンという格好。

 返事は、無い。真也くんは、ため息を一つ。そして階段をのぼっていった。

「あと五分だけ寝させて〜」

「はいはい……」

 輝美を抱っこして降りてきた真也くんは、ポフッと輝美を食卓の椅子に下ろした。

 お姫様抱っこではなくて「抱っこ」だ。ファミレスを訪れた子連れのお母さんと一緒だ。

 朝倉輝美は、いまだウトウトしている。

 食卓に並ぶのはトーストとサラダ、そしてカリカリのベーコンに目玉焼きという朝食の鉄板。

「……輝美、早く食べちゃってくれよ」 

 真也くんが促す。

「ん〜……食べるぅ」

 真也くんの言葉に応えて、フォークにひっかけたレタスをシャクシャクと頬張る。

「早く食べてくれないと片付かないって」

 すでに食べ終えた真也くんが言っても輝美は、意に介さない。

「片付けはするぅ」

 モキュッ、シャクシャク、クピクピ……。 

 輝美が、朝食の半分を食べ終わった頃、真也くんの声がが玄関から響く。

「輝美、俺さきに行くからな」

「ん〜。いってらっしゃいね〜」

 一見、怒っているような真也くんだが、全く怒っていない。

 今朝もパジャマの上だけという無防備な寝姿を見て、顔が熱くなるのを感じつつ「か、かわいい」とかなんとか嬉しい思いもしているのだ。

 輝美の寝姿を反芻していたら駅前の駐輪場についていた。腕時計は学校には十分間に合う時刻を指している。

「つぅきぃはらぁ」

 真也くん、憎しみのこもった低い声を背中から浴びせられる。

 振り向けばガラの悪い他校の生徒が数名、駐輪場の入り口をふさいでいた。

「月原ぁ……今日は無事に済むと思うなよぉ」

 真也くん、腕時計をもう一度チラ見。「ちょっと遅刻かな」と舌打ちするけど嬉しそう。彼が一番得意なのは、ケンカなのだ。


 × × × × × × × × × ×



「……あ、いかなきゃ……」

 壁掛け時計に目がいった。そこで輝美は少し焦る。

 月原家の玄関から身支度を終えた輝美がパタパタと出ていき、朝倉の表札がかけられた隣の家の車庫へトトト……っと入っていく。

 軽快なエンジン音と共に小型車が出る……。

 月原家と朝倉家はお隣さん。真也くんと輝美は、親密な関係だったりするのですよ。

 高校の校舎裏に用意されている駐車場に輝美の車がチマチマッっと停まる。

(間に合った〜)

 車から降りる輝美は、朝のポヤッっとした感じがあまりない。上から下までキチッっとしたスーツに身をかためている。……七五三の衣装にも見えなくは無いが、そうではない。

 正門へ回ってきた輝美は、教室へ向かう学生たちと挨拶を交わす。

「先生、おはよー」

「おはようございまーす朝倉先生!」

 輝美も生徒たちに微笑みを返し小さく手を振ったりする。そう、朝倉輝美は、この学校で先生なのだ。 

 輝美たち教師が朝礼を終え、教材の確認をしているとき職員室の入り口が騒がしくなった。

「!」

(何で先に家を出たのに遅刻してるのよぉ〜)

 輝美がみたのは、遅刻者のチェックをしていた生徒指導のウガンダ先生に掴まった真也くんが、職員室に連れてこられた場面だった。

 真也くんの担任がその周りでオロオロしている。つられて輝美もオロオロする。



「毎日よく考えるよな……え? 月原」

 抵抗をやめた月原くんを立たせたままウガンダ先生は自分の机にこし掛けた。短く改造された竹刀は隙なく月原くんを狙っている。

「それを一々、見破る先生も暇っすよねぇ」

 月原くん、涼しい顔でやり返す。

「何だとお? コッチはお前のような悪ガキを毎年相手にしてんだ。ほんの片手間だよ。さっさと生徒手帳を出せ」

「へいへい……」

 この高校では、反省を促すために生徒手帳にも遅刻した日時を生徒指導員が書き入れることになっているのだ。

「おや? 月原、そりゃなんだぁ?」

 しまった! 焦ってた真也くんが、手を引っこめる前にウガンダ先生は彼の手首をガッチリ掴んで離さない。

「この袖口は……何だぁ?」

「……チッ」

 前述のとおりで月原さん家の真也くんは、喧嘩がとっても得意なので怪我はしていないが、今日は数が多すぎた。

 殴る蹴るの最中に袖口のボタンを跳ばしてしまっていたのだ。

「知っているか? お前が入学して以来、ウチの学校の沿線は他校の悪ガキどものしかばねで道ができてるんだが」

「それで……?」

「せ、先生! あとは私のほうから注意しますから……」

 緊迫感に耐えかねた担任の先生が二人の間に割って入る。

(うーっ! うーっ……真也くんの馬鹿ッ!)

 輝美もドキドキが止まらない。

 そんな周囲の心配をよそに真也くんとウガンダ先生は熱い視線を送りあう。

「月原……お前さん三学期の期末、のきなみ赤点だったってな?」

「は?」

「それは、私から……」

 ウガンダ先生、ジロリと凄味のある三白眼で担任の先生を睨みつけ、

「ちょっと先生は黙っていてください」

「は、はひっ」

「まぁ何だ……遅刻常習犯の上、追試でもロクな点がとれないとなると……留年だな」

「……なッ!」

 ウガンダ先生は、これで真也くんが従順になると考えたのですが、これは特大の地雷。

「どうした? 月原?」

 俯く真也くんをウガンダ先生が覗きこむ。

 その時、真也くんは、右のこぶしを石よりも硬く握り固めていた。

 輝美には、真也くんが次に何をするかが、よーくわかっている。

(だめぇ! それはだめー!)

 輝美は、とっさに自分の座っていた事務椅子を二人に向けて勢いよく押し出した。ご存知のように一般的な事務椅子には小さな車輪がついて、これが学校の床(リノリウム)だとよく滑る。

「おわっ!」

 真也くん、背後から椅子に強襲され……ポフッとその椅子に座ってしまう。いわゆる、「膝カックン」の状態だ。

 振り向いた真也くん見たのは、怖い顔をした朝倉先生が仁王立ち。

(うわ…………)

「何やってんですか朝倉先生」

 この一睨みで担任の先生は、引き下がったのだが、輝美は凛として、

「先生。追試の件でしたら私も彼に言いたいことがあります。借りますね」

「いや、生徒指導がまだ……」

「学生の本分は勉強にあるわけですから私にも指導する義務がありますッ!」

 ウガンダ先生にも有無をいわせぬ迫力で真也くんを職員室から連れ出そうとする輝美。、

「あ、朝倉先生……」

 今度は、担任の先生から声がかかる。

「まだ何か?」  

「い、一時限目には出席させてくださいよ」

 輝美の勢いは、担任の職権をもってしても懇願が精一杯だった。

 朝倉輝美は、真也くんの袖口を掴んでグイグイと職員室の外へ彼を引っ張っていく。

 踊り場でくると真也くんが不平を言った。

「おいおい、痛いよ輝美」

 輝美先生は、腰に手を当て、小さい身体で精一杯「怒り」を表現している、

「あ・さ・く・ら先生でしょ!」

「な、なに怒ってんだよ?」

 真也くん若干、腰がひけがちな応答。

「だって留年よ? どうするのよ」

「留年するくらいなら学校辞めて働くよ」

「学校を辞めて働くですって……?」

 真也くん、学校に未練が無いようだ。

「うん。 俺、働いて輝美と……」

 トスッ! 勢いは感じられないが輝美の突きが真也くんのみぞおちに決まる。

「うッ! な、何を……」

 身体を折り曲げる真也くん。さがってきた顔に輝美は、手を大きく振りかぶった。

「真也くんの馬……」

 グッ! 誰かが輝美の手を掴む。

「朝倉先生! 体罰なんてダメですッ!」

 輝美と真也くんの前に現れたのは、輝美よりもずっと大人っぽい四方田真由美という生徒だった……。


  (つづく)  


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