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教えて Tell Me!
第2話
text sie / Illust 園田逸明



「……あら?」 

 ウガンダ先生に襟首を掴まれた真也くんを教室の窓から見ていた四方田真由美は、彼が心配なので職員室へむかった。

 あ、ちなみに『四方田』は、「よもた」と、読む。

「あら?」

 階段まで来ると、階下の踊り場から男女の声が聞こえる。

 もうすぐ一時限目が始まろうとしているこの時に一体誰なんだろう? 真由美が、覗き見ると真也くんがKOされそうになっていたのだ。

 真由美はすぐさま駆け寄り輝美を止めた。

「朝倉先生! 体罰なんてダメですッ!」

「よ、四方田さん……見てたの?」

 先生と生徒が付き合っている……そんなことがバレたら輝美は間違いなくクビになる。

「当たり前です! 新聞部員として体罰は見逃せませんッ」

 真由美は、プルンと胸をゆらして反り返る。

 どうやら会話までは聞いていないようだ。

「何で月原くんにを叩こうとしたんですか?」

 ホッとしたのも束の間、真由美はまだ恐い顔をしている。

 一瞬、顔を見合わせる輝美と真也くん。

「え、えーっと……実はね」

 かくかくしかじか……輝美が手短に説明する。

「りゅ! 留年?」

「そ、そーなのよ。月原君が留年したら学校を辞めるだなんて言うからつい……」

 真由美は、恐い顔で月原に歩み寄る。

「……な、何だよ」

「馬鹿ッ」

 パパンッ!

 突然、真也くん頬を叩く。しかも往復で。

「……クッ!」

「意気地なしッ!」

 真也くんが怒るより先に真由美が吠えた。

「ンだと?」

「簡単に諦めるとか辞めるなんて言う人はアタシの知ってる月原くんじゃない」

「四方田さん……」

「お前が俺の何を知ってるって言……えっ?」

 真也くんが睨み返すと四方田真由美はボロボロと泣いているではないか。

 トスッ! と再び輝美の一撃が決まる。

「グハッ!」

「バカー! 女の子泣かすなぁ」

「だって俺何も……フグッ!」

 輝美は、真也くんの恐い顔が真由美を泣かせたと思って鉄拳を振るっていた。

「いいんです先生! 朝倉先生ッ!」

 必死に止める真由美。

 しかし女の子を泣かしたと思っている輝美の勢いは止まらない。

「いいのよ! お仕置きしないと……アレ?」

 四方田真由美は、自分より小さな朝倉輝美先生を抱き上げるとギューツって、した。

 輝美は、背中に当たる膨らみに戸惑う。

「よ、四方田……さん?」

「アタシ、月原くんが好きなんです……それでつい、カッとしちゃって……」

「……えっ」

 輝美と真也くんは、意外な展開に見事なハーモニーで『えっ?』と聞きなおした。

 真由美は、二人同時に聞き返されて自分の告白があまりにも唐突だった事に気がつく。

 恥かしさのあまり抱いていた朝倉先生を更にギュウ〜って、した。

「し、しむ……」

 輝美の顔が赤から蒼へ変わってゆく。

「四方田ッ! ブレイクブレイクッ!」

 真也くんが慌てて二人を引き離す。

「ご、ごんなさいアタシ……」

 真由美は、そう言ったきり黙ってしまった。

 キーンコーン・キーンコーン……。

 始業の鐘が、鳴った。

「と、とりあえず教室へ戻れよ。俺は朝倉先生を職員室へ連れてくから……」

 この雰囲気から開放されると思ったその時、

「アタシが、月原くんの勉強みてあげるよ」

「はあっ?」

「ク、クラスメイトとして……ね」

 真由美は、言いたい事だけ言うと小走りで教室に戻ってしまった。

「おいおい……」

 真也くんは、困って輝美を見る。

「ムニャ……お腹一杯」

 輝美は、夢うつつにいるようだ。真也くんは、輝美を腕に天を仰いだ……。


 × × × × × × × × × ×



 波乱の一日が終った。家に帰ってホッとする……瞬間は真也くんには訪れなかった。

 真也くんは、台所に立って来客用の湯呑みに茶を注いでいた。信也君の背後では怒ったフグのようにプーッとホッペをふくらませた輝美が立っている。

「なんで四方田さんまで……」

 何度目かの不満を輝美が口にする。

「仕方ねぇだろ。勉強みるって言うんだから」

 むくれる輝美を放置して真也くんは、居間へお茶を運んだ。

「ねぇ、何で輝美先生までいるのよぉ」

 居間では四方田真由美がフグになっている。

「男子と女子を二人きりにできないでしょ!」

 すかさず輝美が、台所から突っ込む。

「月原くん、ご両親は?」

「いないよ」

 その返事に真由美の妄想が無限に拡がる。

「ご両親のいない日に月原くんの家にきてるなんて……アタシ悪い子になっちゃう」

 真也くんドン引き。

「四方田さーん、戻っておいで〜。悪い子にさせないように私がいるんだから」

「……ハッ!」

 やっと真由美の意識が戻ってきた。そして、とても残念そうに、

「でも、月原くんの家のお隣が朝倉先生の家だなんてしらなかった……」

「月原くんのご両親は長期海外出張なの。私はお隣だし、保護者みたいなものね」

「保護者?」

「そ、そうよ。たまに様子を見に来たりね」

「ご飯とか作ってあげたり?」

「とっとっ……と、当然でしょ!」

 カラ笑う輝美だが、身体中に真也くんの冷たい視線がサクサクッと立続けに刺った。

「あぁ……だから朝倉先生は時々、月原くんの家を行き来していたんですね」

 ……集音マイクがあったなら輝美と真也くんの心臓が、旅客機なみの爆音でドキッとしたのがわかったことだろう。

「しゅ……取材?」

 真由美は、モジモジと照れくさそうに、

「ア、アタシ個人的に月原くんのオハヨウからオヤスミまで取材していますから……」

 四方田さん、それはストーカーだよ……そう突っ込みたいのをグッと我慢した輝美と真也くんの仕草はものの見事にシンクロしていた。

「そ、それより四方田さん、学校では内緒にしてくれるかしら?」

「えっ? 何故?」

「特別扱いしているって思われたくなのよ」

 間。考え込む真由美を前にして輝美と真也くんはソーッと生唾を飲み込んだ。

「……わかりました。場合が場合ですから新聞部員としての立場を忘れます」

 二人の様子を観察していれば少しは怪しいと思うところだが、真由美の視界には真也くんしか入っていないらしい。

「じゃあ……始めましょうか」

 スッと真由美が立ち上がる。

「な、何を?」

 真也くんが恐る恐る真由美に尋ねる。

「勉強……月原くんの部屋で」

「ダメ〜ッ! 二人っきりはダメ〜」

 そして勉強会が始まったのだが……。

「真也くぅん、これはわかる?」

 真由美の呼び方が『月原くん』から『真也くぅん』と甘える感じになっていた。

 勉強会に名を借りた字の真也くんへのセクハラ三昧である。

 二人の背後では輝美が信也君の鼻の下を密かに測っている。

 真也くんは、輝美の性格をよーく理解していた。腕に当たる膨らみの感触にちょっとでも顔をデレッとさせてしまえば、輝美は百年は許してくれないだろう。

「おい! あまりくっつくな……ウガッ」

 振り向けば、真由美の胸元のボタンが三つも開いている。白くて大きな膨らみが二つ、窮屈そうに制服の中に収まっていた。

「わかんないんだぁ? ダメねぇ……」

 真由美は、真也くんのノートに公式を書くフリをして更に胸を押し付けてくる。

「よ、四方田!」

「なぁに? 真也くん」

「英語! 英語を教えてくれよッ! な」

 五分後、事態は更に悪化していた。

「いい? 発音は口元からよ。私の唇の動きをよく見ていてね……」

 それは、真也にとつて異性の唇を意識して観察するといふ初めての体験だつた。

 幼子の面影を残した輝美とは違つた、成熟したといつてよい真由美という女の唇は、ヒルのやうに艶かしく、時折、湿らすやうに出入りする舌先に到つては官能をおぼへずには……。

 うっかり旧仮名遣いになってしまうほど真由美の秋波は強烈だった。

(ウグ〜ッ! ウグゥゥ〜ッ!)

 真也くんが誘惑と闘っているのはわかる。わかりすぎるくらいだ。しかし、輝美は嫉妬の炎を制御出来なくなっていた。

「真……月原くんッ! そろそろ古典の勉強もしたほうがいいんじゃないかしらッ」

「てるッ……そ、そうですよね! 朝倉先生」

 輝美が差し出した藁を溺れそうな真也がガッチリ掴んだ瞬間であった。朝倉輝美は、古典の担当なのだ。

「……でも、古典の追試は無いですよ?」

 手帳を開いて真由美が呟く。

 そうなのだ。輝美と交際する真也くんは、古典と現国だけは、座学の成績が良かったのだ。

「少しは得意科目で自信を取り戻さないと!」

「そんな! 追試まで何日も無いんですよ!」

 真也くんを真中に二人が揉める。

「教師の私の言う事が聞けないの?」

「ウガッ……」

「先生こそ生徒の自主性の尊重を……」

「ハウッ……」

「四方田さんは自分を主張しすぎですッ」

「……」

「今時はフツーですよコレくらいッ」

「……」

「ウグ〜アタシだって! アタシだって〜!」

 女同士の『肉弾戦』にはさまれて揉みくちゃにされた真也くんの鼻からツツーッ、と血がたれた。それを合図に真也くんが、阿蘇山の大噴火ような奇跡の瞬発力をみせる。

「お前ら! いいかげんにしろぉ〜!」

 真也くんのカミナリに素に戻った二人だが、

あまり効果はなかったらしい。

「先生がでしゃばるから!」

「四方田さんこそッ!」

 勉強嫌いな真也くんだが、生まれて初めてはやく追試の日にならないものかと星に願うのであった。


  (つづく)  


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