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黄金(こがね)の銭士 ゼニカネーダー
第1話
text 有松真理亜 / Illust ゆちよ


「きゃああああっ!」

 この悲鳴が、ホラー映画か何かを観てて挙げたものだったらどれほどよかったことか。

「へへへっ、おぜうさん、もう逃げられんよ。」

 たしかに……ここは広い公園だけれど、私、那梨野ひろ美の後ろのフェンスの向こうは、漆黒に沈む夜の川。両側は植え込みで、正面には脂ぎったオジサン……というよりもはや怪人といっていい変なカッコのヤツが、ニヤニヤしながら寄ってきて。……追い詰められてるんですよ、私!

 近道だと思って夜の公園なんかに入るんじゃなかったな……明日は誕生日だと言うのにツイてない。

「ちょっと仲良くしようってだけじゃないか。」

「その顔は下心丸見えよっ!」

 ネットで会話してて思わず想像しちゃった表情……なんかじゃない。生暖かい息と、嗅ぎ慣れない体臭と、酸化したアルコールの熱気を漂わせた「それ」が、わずかな街灯の明かりに影を落としながらリアルに少しづつ近づいてきて。

「恐がることはないよぅ〜。」

「恐いってより、気持ち悪いのっ!」

「あ〜? 心が傷ついたなあ。」

 こっちは体が傷つきそうよっ! と反論したいけれど、議論しても意味はなさそうなのでやめておきます。

 異性に対して「気持ち悪い」と感じるのは、動物としての生存本能だって、ガッコの保健体育の先生が言ってました。そいつは子孫を繁栄させるために適した相手じゃないからだと。

 ……子孫? 私は、自分の思考に思わず戦慄しました。この、どぶネズミが巨大化したような臭い怪人おっさんと、その……ちょっと……なんていうか、ここには書けないようなことを、こんな夜の川沿いの公園の片隅で、することになるの?

「さあ、諦めてワシと気持ちよくなろお!」

 怪おっさんが私の腕を掴む。そして次に……

「これって全年齢向きの小説だと思ってたのにぃ!」

 私が絶叫した瞬間、

「そのとうりだ!」

 とつぜん……私でも怪おっさんでもない、第三者の声が聞こえました。

「むぅっ…何やつ!」

 誰でもいい、助けて! 背の高い美形の王子さまとか、お金持ちのさわやかなスポーツマンがいいなんて、贅沢は言わなから!

 心の中で叫んでから目をやった私は、「いや贅沢を言えばよかった」と激しく後悔しました。私の目に映ったのは、オジサンに負けず劣らずあやしい、きんきらきんのカッコをした男。

「におう…におうぞ。星も届かぬ暗闇に、悪の臭いが漂っている。」

 そのきんきらきんの怪人(?)は、表が黒で裏が赤のマントをばっとはためかせました。すると、胸におっきい「¥」マークが。

「しつこい悪をお金で倒す、黄金(こがね)の戦士・ゼニカネーダー、推参!」

 そして顔は、コインをかたどったようなでかい円盤の中に。昔、ヒーロー物のTV番組の再放送で見た「ゼニク●ージー」という怪人を思い出させる姿に、私は腰が砕けそうになりました。

 「背の高い」と「お金持ち」というところだけは願いがかなったっぽいけど……神様って、けっこうイジワル。(涙)

 そんな私の気持ちなんか気にもせず、おっさんが背を丸めてスゴみます。

「ふふふ……キサマがゼニカネーダーか。聞いているぞ。仲間がずいぶんお世話になったようだな。」

「……やはりお前はケダモノイドか!」

 何が何だかわからない会話に呆然としているうち、おっさんが体をゆすると、肉がみるみる盛り上がり、服が裂けはじめました。

 人間のものだと思っていた皮膚にたちまちのうちに剛毛がはえていきます。

 私は驚いてしまってもう悲鳴も出ません。口をあんぐりとひらいて、見ていることしかできません。

「ケダモノイド・イノシシー!」

 そのまんまやがな、もっとひねりなさい! とツッコむ余裕なんかもちろんありません。

「よくも繁殖の邪魔をしてくれたな! 晩ごはんのエサにしてやる!」

 あまりにツッコミたいところが多すぎるセリフに、私はもうどうしていいかわからなくなってしまい、口をパクパクとさせるだけ。そうこうしているうちにそのイノシシ人間のケダモノイドは、ゼニカネーダーと名乗る怪人……黄金の銭士?に、雄たけびをあげて突進して行きます。

 ゼニカネイダーはマント翻らせてこれを「ひらり」とかわすと、何か紙の束のようなものを腰のポーチのようなものから取り出しました。

「必殺、キャッシュビル・ブリザード!」

 キャッシュビルって何? と思った1秒後、その意味がわかりました。

 それはCash Bill (現金のお札)!

「ぎええええ! もったいない!」

 私の叫びが空しく響く中、ゼニカネーダーの手から離れた諭吉先生(1万円札)の紙吹雪が、川面に広がりました。

 危うく川に飛び込みたくなる本能の衝動を理性で必死抑えていると、ケダモノイドのおっさんが先にフェンスをぶちやぶって、川に飛び込みました。ケダモノというだけに理性は弱いのね……。

「うわああ! 俺は泳げないんだー!!」

 夜の川に響き渡る叫びに、ゼニカネーダーは二本指を立ててつぶやきました。

「貧困なる魂よ、安らかに眠れ……」

 ケダモノはわめきながら川に沈んで行きます。

 ……私、助けられたんでしょうか? このキンキラキンの謎の男に。

「もう大丈夫です。」

 思わずへなへなと腰が抜けてしまった私に、ゼニカネーダーは手を貸して立たせてくれました。

「一見なんともなさそうに見えても、夜の暗闇には何が隠れているかわからない。遠回りでも、安全なところを歩いた方がいいと思います。」

「は、はい……」

 暗い中でも、せめて顔を確かめておこうと、でかいコインの中を覗きこもうとすると、

「あっ! き、君は!?」

 ゼニカネーダーは何かに驚いて、さっと私から離れました。

「じゃあ気をつけて!」

 そして、まるで顔を見られたくないかのように、金色のスクーターに乗って走り去って行きました。

「あ……まだお礼も言ってないのに……」

 ていうか、助けたんなら最後までエスコートしなさいよ。



 翌日。あんな異常な体験があったにも関わらず、日常は日常として展開してました。私も、何事も無かったかのようにガッコに行きます。

 いつもの教室です……台風が近づいているという話で盛り上がってる他は。

 朝っぱらから、ファッション雑誌を広げて騒いでる女子たち、カードの野球ゲームで騒いでる男子たち、そしてジュース買ってこいのなんのとイジメをしている人たち。

 昼休みもそのまま変わらず。雨の音以外は、まあいつもどおりです。

 きれいなモデルの写真を見て「いいな〜、これ欲しい!」とか言ってる女子、油原ふと子。自分に似合うかどうかちょっとは考えてからものを言えば?

 「カキーン、ヒット! 三遊間抜けた!」とか得意な顔でわめいてる男子、抜田大作。それはサイコロがそういう結果を出しただけで、自分はエラくもなんともないのよ、あんたは別に体を鍛えた選手じゃないんだから。

 そしてニヤニヤしながら注文をメモして出ていく男子、蔵森金一。あんたはみんなの役に立ってるんじゃなくて、遊ばれてるのよ。そのくらいわかるでしょう、立て替えたお金を返してもらってないんだから。ちょっとは自分で状況を変えることを考えなさいよ。

 あー、イライラする……こんな毎日を変えるようなことが何か欲しいわ。

 そう考えると、昨日の夜のことが記憶に蘇りました。そう、私はピンチを、背が高くてお金持ちでスポーツマンの王子さま……後半になんか妄想が入ったけど……に助けてもらったの。でも……

「金持ちで背が高い、か……でもねえ。」

「え? 何か言った、ひろ美?」

「あっ、ううん、なんでもない!」

 思わず口に出てたみい。危ない、あぶない。

 この学校にも、親が金持ちの生徒はいます。だけど、少女マンガに出てくるメガネの美形みたいな、カッコいい男子はいなくて。

 金持ちの子って、だいたい体格はいいんだけどオシが弱いっていうか。意外に卑屈なのよね。それに、性格にちょっと屈折したところがあったり。だから気がつくとイジメの対象になってたりするわけ。

 でも私は食べ物や飲み物を買いに行かせたりはしません。だって、紙コップのコーヒーなんか買いに行かせて、途中で汚い物でも入れられてもわからないでしょう? もっとも、入れられてなくても、「口をつけたろう」とか「外が汚れてる」とか「さめてる」とか、文句つけてそれを捨てちゃって、立て替えたお金を踏み倒すのがイジメなんでしょうけれど……。

「ああ、なんかイライラするなぁ。」

「ん? ざぶとんならあるよ?」

「いや、その話じゃなくて!」

 教室では考え事もできやしない。私は席を立って、パンでも買いに行くことにしました。



  −−−つづく!


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